第84話 光の勇者の不幸(連鎖編)


「ハア…ハア…」
ジャック達から逃げ出したアーチェは、一人森の中を彷徨っていた。
もうどこに向かって進んでいるのかも、どこにいるのかも分からない。
彼女の頭にあるのは仲間に会いたいという一心のみ。
それだけが、今のアーチェを動かしていた。


今どこにいるんだろう?
既に彼女は走っておらず、その歩みは疲労のためか遅い。
さっきまで全力疾走を続けていた為に、彼女の疲労は既に限界の所まで来ていた。
それでも仲間を探し、アーチェは進む。


やがて前方に道が見えてきた。
どこへ通じているか分からないが、ここを進めばどこかの村へ出れるかもしれない。
村に行けばきっと誰かがいるはず。
クレスか、クラースか、チェスターか、すずか、ミン…
ミントの名が浮かんだところでアーチェは気付く。
もうミントはいないという事を。
彼女は死んだ。もう二度と会えない。
放送で知らされた死亡者13人の中に、彼女が含まれていた。
きっと次の放送では、目の前で死んだ夢瑠とネルの名前も呼ばれる。
夢瑠は自分が呼び寄せてしまった男によって殺された。
ネルはその男と戦って致命傷を負い、自分がとどめを刺して…。
ふとその時の光景が思い浮かぶ。
石化しながら、自分を睨み付けてきたネル。冷たい目でこちらを見つめるジャック。
二人の顔が、アーチェの精神を蝕んでいく。
(ごめんなさい…ごめんなさい…)
殺すつもりは無かった。あの薬は確かにエリクシールだと思ったのに。
だがいくら言い訳しても謝っても、ネルを死に追いやったのは事実。
きっとネルは自分を恨み憎んでいる。最後に見せたあの表情こそその証。
罪の意識に思考を奪われているその時、突然アーチェを現実に呼び戻す事が起こった。


『禁止エリアに抵触しています。首輪爆破まで後30秒』


え、何?何!?
この声、首輪から?
爆発?首輪が?あたしの?
爆発したら?死ぬの?あたしが?

「いやあああっ!」

突然首輪から伝えられた警告に、アーチェは我を失って混乱する。
とにかく逃げなければと反射的に走り出す。
嫌だ、嫌だ。死にたくない。死にたくない!
『首輪爆破まで後20秒』
首輪からは相変わらず警告が流れる。
アーチェはさらに混乱し、錯乱したかのように走り続けた。
どこでもいい。首輪が爆発しない場所まで、疲労も忘れてひた走る。


ひたすら走った後、アーチェはようやく首輪からの警告が終わっていたと気付く。
いや、実際はもっと前に禁止エリアからは出ていた。
そもそも爆発まで30秒しかないのに、それ以上経過しても爆発しない時点で安全な場所まで移動できていた事になるのだ。
「はは…何やってんのよ…」
そんな事も考えずに走りまくった自分に対して、馬鹿らしくなったアーチェは自虐的に呟く。
同時に再び疲労が身体を襲い、彼女はその場に倒れ込んで意識を失った。



ガサガサ…

(…何の音?)

ガサガサ…

(そういえばあたし、どうしたんだっけ?)

ガサガサ…

(首輪から声が聞こえて…走って逃げて…それから…!)


はっとアーチェの意識が覚醒する。疲労で眠り込んでしまったようだ。
辺りは既に暗くなり始めている。
(そっか…あたし…寝ちゃったんだ…)
何て無防備極まりないんだと思いながらも目を覚まそうと頭を振る。
幸か不幸か、眠ったことで多少体力は回復したようだった。
(そういえば…何か音が聞こえたような…)
そんな事を考えた時だった。

ガサガサ…

近くの茂みが動く。
そうだ。この音で自分は起きたんだ。
などと呑気な事を考えている暇は無い。
誰かが近くいるんだ。
「だ、誰よ!」
声を荒げて、音のする方へ叫ぶ。
やがて茂みの中から、その人物が姿を現した。

「君は…」

アーチェははっとする。
金髪で、何となく頼りなさげな外見。
だがどこか意志の強さのような物を感じさせるその雰囲気。
それは、彼女の知るある人物に酷似していた。
会えた。ようやく会えたんだ。心を許しあえる仲間に。


「クレス…!」
「え?」

クレスと呼ばれた青年は目を丸くする。
何を驚いているのかアーチェには分からなかったが、すぐその理由に気付いた。


「違う…」

よく見ると違う。
確かに少し似ているが、格好も、声も全然違う。
クレスじゃ、無い。

だったら誰?
この人は誰?

ふと彼の全身を見る。
その手には剣を持ち、身体のあちこちに血が付いていた。
血。
真っ赤な血。

その血が記憶を蘇えらせる。
歓喜の笑みを浮かべながら血の海を作りだした、あの男の。

全身に血を付けたこの男は何?
剣を持って、こっちに近づいてきて。
何をする気?

決まってるじゃないか。


「嫌…」

怯えながらアーチェは後ずさる。
青年は疑問に思ったのか、もう一歩アーチェに近づいた。
「ねえ、君…」

「来ないでっ!」
青年を拒絶するように叫ぶ。
叫ばれた青年は一瞬表情が曇ったかと思うと――

一歩アーチェから離れ、持っていた剣を構えた。


「ひっ……」
剣を向けられたアーチェは震えながら青年を見る。
その眼は双龍の男と同じ、酷く歪んで見えた。


「な、何なんだよ…」
悲鳴を上げて走り去った少女ポカンと見つめ、クロードは愚痴る。


ホテル跡からある程度離れたながら、クロードはどうするべきかを考えていた。
時間を確認すると既に正午過ぎ。ルシファーが言っていた定時放送は終わっている。
誰か知り合いが死んでしまったかもしれないという不安がよぎるが、それより自分自身が一番危ない。
放送で発表される禁止エリアを聞き逃してしまった。
加えて、自分自身の状態も決して良好とは言えない。
何よりホテルにいた三人にからは殺人鬼と誤認されている。
彼らに自分を殺人鬼だと広められたら非常に厄介だ。

まずすべき事は二つ。
放送で発表された死亡者、禁止エリアを把握する事。
そしてチサト達の誤解を解くことだ。
(どっちも、他の参加者に会わないと実行できないな)
とにかく誰か、他の参加者に会わなければならない。
だがこの島に来た直後は、何も考えずに参加者と接触してしまったせいで酷い目に遭っている。
先程もあの化け物を攻撃したせで殺人鬼と間違われてしまった。
今度参加者を見つけた時は冷静にいこうと固く心に誓う。

ホテルのように目立つ施設に行けば高確率で誰かに会えるだろう。
そう考えたクロードは、現時点でホテル以外に一番近い建物である分校跡とやらへ行って参加者を捜し、
誰もいなければ平瀬村へと向かうことにした。
誰か殺し合いに乗っていない人物を見つけたら、一緒にホテルへ行って誤解を解いて貰おう。


分校を目指すうちに日が暮れてきた。
早く誰かに会わないと禁止エリアに進入してしまうかもしれない。
それにチサト達がいつまでもホテルにいるとは限らないのだ。

そしてようやく、彼は参加者を発見することが出来た。
森を移動中に、座り込んだピンク色の髪をした少女が目に入ったのだ。
とりあえず茂みに身を隠して様子を伺おうとしたが。

「だ、誰よ!」

どうやら気付かれてしまったらしい。
(気付かれた以上、様子を探るのは難しいな…)
また変に警戒されて殺人鬼と勘違いされてはたまらない。
こっちに声をかけてきたという事は、とりあえず襲う気は無いのだろう。
そう判断し、クロードは少女の前に姿を現すことにした。

「クレス…!」
「え?」
姿を現したと同時に、少女が声をかけてきた。
少し驚くが冷静に考える。自分の名前はクロードだ。クレスでは無い。そんな名前の参加者がいたような気もするが…。
辺りは暗くなってきているし、多分誰かと勘違いしているのだろう。
間違いを訂正して、早く情報交換をしよう。

だが、その少女は人違いに気付いたのか、こちらを見ながらガクガク震えて始めた。
クロードの頬に冷や汗が流れる。
待て待て。
また嫌な予感がしてきた。
OK、落ち着こう。うん、落ち着け僕。
僕は何もしてないぞ。
脅かすような事もしていないし、別に見た目で怖がられるような姿格好もしていない筈だ。
大丈夫大丈夫。何も問題は無い…多分。


「ねえ、君…」
「来ないでっ!」

相手をなだめようとすると、今度は拒絶されてしまう。
その時だった。
クロードの視界に、突然赤い光を放つ球体が現れたのは。

(これは…確かエネミー・サーチの警告!?)

説明書によれば、「エネミーサーチは、自分に敵意を持っている人物に反応する」と書かれていた。
周囲には自分と少女以外誰もいない。そしてエネミーサーチが反応しているという事は…。
何てこった。彼女はこちらを殺そうとしているというのか。
(仕方が無い…!)
一歩下がって、クロードはエターナルスフィアを構えた。この怪我でどこまで戦えるか分からないが、ここで死ぬわけにはいかない。
少女は丁度レナと同じ位の歳だろうか。そんな少女と戦うのは心苦しい。
何とか殺さずに済ませたいけど…。

だが、クロードが剣を構えると。
「キャアアアッー!」
少女は突然悲鳴を発して、クロードから逃げていったのだ。


呆気に取られたクロードだったが、気を取り直してすぐに少女を追った。
もうエネミーサーチの反応は出ていない。反応したのは、あの時だけだった。
エネミーサーチの説明を思い出す。

「自分に『敵意』を持っている人物に反応する」

(つまり…反応したからって必ずしも『殺そうとしている』と思っている訳じゃないという事か…?)
もし彼女が、自分を殺人鬼だと思わなくても『敵』と思っていたとしたら…それを『敵意』と解釈されてもおかしくは無い。
(また僕の判断が甘かって言うのかよ!)
しかも剣を構えてしまった。向こうからしてみれば、どう考えたって殺されると思ってしまうだろう。
冗談じゃない。
これ以上殺人鬼に間違えられるのはごめんだ。
どうしようか。
彼女を追いかけて弁解するか、それとも予定通り分校へ行くか?


それにしても、本当についていないと思う。
やることが何から何まで全て裏目に出てしまっている。
自分は殺し合いなんてするつもりは無いのに、何故こうも状況が悪い方向ばかりに向かってしまうんだ。

「全く…ホントこういうのはアシュトンの役目だよな…」
愚痴っても始まらない。
少女を追うべきか追わないべきか、クロードは決断を下した。


【G-4/夕方(まもなく放送)】
【クロード・C・ケニー】[MP残量:70%]
[状態:右肩に裂傷(応急処置済み、武器を振り回すには難あり)背中に浅い裂傷(応急処置済み)、左脇腹に裂傷(チェスターによって殴られ傷が再発)]
[装備:エターナルスフィア@SO2+エネミー・サーチ@VP]
[道具:荷物一式、昂魔の鏡@VP]
[行動方針:仲間を探し集めルシファーを倒す]
[思考1:ピンク髪の少女(アーチェ)を追って誤解を解くか、すぐに平瀬村分校跡へ向かうか決める]
[思考2:分校跡へ行き、参加者と接触できなければ平瀬村へ向かう]
[思考3:自分の潔白を証明してくれる人か仲間を探す(懐柔できればアーチェでもいい)]
[思考4:思考2で見つけた人と共にホテル跡に戻り、チサト達の誤解を解きたい]
[思考5:第一回放送の内容の把握]
[現在位置:G-4、F-4の境界付近]
[備考1:昂魔の鏡の効果は、説明書の文字が読めないため知りません]
[備考2:目覚めたのが放送後なので放送内容は把握していません]


【アーチェ・クライン】[MP残量:95%]
[状態:絶望感 罪悪感 重度の疑心暗鬼]
[装備:無し]
[道具:ボーリング球・拡声器]
[行動方針:仲間を探す]
[思考1:クロードから逃げる]
[思考2:チェスターに会いたい]
[思考3:みんなに会いたい]
[現在位置:G-4、F-4の境界付近]

※クロードは怪我の痛み、アーチェは疲労の為二人の走る速度はかなり遅めです。

【残り36人】




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最終更新:2008年12月06日 02:52