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第91話 決断の時


ガルヴァドスの腹の虫が盛大に鳴いたので、二人は少し早いが夕食にする事にした。
支給品の食料で済ませようかとも考えたのだが、現在位置は跡地と言っても元ホテルだ。
それなりのキッチンを備えているだろうと踏んだチサトは料理の腕を振るう事にした。
キッチンに着いたのはいいのだが、肝心の食材を蓄えているであろう冷蔵庫が見当たらない。
しばし捜し歩いた後に、食材備蓄庫なる場所を見つけたチサト達。
食材一種類の量は大した事ない上に、賞味期限が怪しい物も目立ったが、種類だけはたくさんある。
「何か、リクエストとかある?」
何を作ろうか迷ったチサトは、ガルヴァドスに尋ねた。
「何デモ、構わナイ。オ前が食べたい物デイイ」
「そうねぇ、じゃあ、ニンジンが少ないけどカレーにしましょう。キッチンはあっちだから材料運ぶの手伝って」
「心得タ」
ガルヴァドスを引き連れ食料庫を出たチサトの耳に、この場にはいない、だが聞き覚えのある声が入ってきた。
「フフン…、こんばんは諸君…。この会が始まってようやく半日が経過したわけだが、いかがお過ごしかね?―――
どうやらもう2回目の放送みたいだ。
ホテル跡に着いてからいろいろな出来事があったので、時間の経過に気付かなかった。
何やら耳寄りな情報があると言っているが、そんな事に興味はない。
それよりもかつての仲間達や、さっき別れたチェスターの安否の方が気になった。
「それではまずは死亡者の名前から発表しよう」
そんな彼女の心情を察したわけではないだろうが、最初に死亡者の名前が挙げられるようだ。
(みんな…無事でいてよ!)
仲間達の無事を祈りながらルシファーの声に耳を傾ける。
『ヴォックス』
『ノートン』
『メルティーナ』
『ロジャー・S・ハクスリー』
『ビウィグ』
一人、また一人と読み上げられる犠牲者達。
10人目の名前が呼ばれる。
『アリーシャ』
まだ仲間の名前は呼ばれてはいない。
『ジェストーナ』
11人目。
(まだ呼ばれるの?)
この名前も知らない人物だ。
(このまま誰も呼ばれないで…)
しかし、そんな彼女の願いは叶わなかった。
『セリーヌ・ジュレス』
『オペラ・ベクトラ』
12人目の犠牲者と、13人目の犠牲者に彼女の仲間の名があった。
呆然とした彼女は、抱えていた食材を落としてしまう。
セリーヌとオペラは同じ性別で、かつ年齢が近い事もあり、特に仲が良かった。
そんな二人がネーデ人の同胞ノエルに続き、この地で何者かの凶刃によって倒れたのだ。
チサトはしばらくそのまま立ち尽くしたまま、仲間達のことを考えていた。

いつの間にか放送は終わっていた。
「ドウシタ?」
背後に立っているガルヴァドスが尋ねてきた。
「えっ? ええっと、仲間が呼ばれたからちょっとビックリしちゃって…」
慌てて落とした食材を拾い集める。
「大丈夫カ?」
「えっ?」
意外なガルヴァドスの一言に目を丸くし、チサトは振り向いた。
「我ラ、ブラッドオークモ同胞の死ヲ嘆くトイウ事はスル。ダカラ、オマエノ今の感情ハ理解デキル」
「フフッ、見た目は怖いけど、意外と優しいじゃない?」
チサトのそんな言葉を聞いて、ガルヴァドスは赤い色の顔をよりいっそう赤くした。
「でも、ほんとに大丈夫よ! それに腹が減ってはってねっ! 晩御飯食べながらこれからの方針を改めて決めましょう!」
本当はまだ、二人の死がチサトの胸を痛めていたが、ガルヴァドスを心配させないようにと明るく振舞った。

キッチンは意外と狭くかつ、少し一人でいたかったから、ガルヴァドスにはロビーで待つように言った。
やはりと言うべきか、このキッチンには包丁やナイフといった刃物類は存在しなかった。
棚を漁って、なんとかピーラーを見つける。
野菜の皮はこれで剥き、形はしょうがないので砕いたり割いたりして整えた。
淡々と調理を進めながらも、やはり彼女の心を支配していたのは仲間の死という事実。
(くっ、今度は2人…。さっきのクロードはなんとか退ける事ができたけど、まだ私はこの殺し合いを止める為何も出来ていない…。
もしかしたらさっき呼ばれた人の中に、クロードが手にかけた人物が含まれているかもしれない…。
今度こそ誰であろうと殺し合いに乗っている人間を止めてみせる! それが殺された人達へ、今私が出来る事!)
彼女は改めて決意を固めた。
後はカレーを煮詰めるのと、米が炊けるのを待つだけだ。
(少し気分を変えてこようかしら…。ここで火が使えるって事はお湯も出るわよね?)
外で動き回ったせいか、体に汗とホコリが纏わりついている。
彼女は客室のシャワールームを利用しようと、キッチンを後にした。

浴室に入り、身に付けているものを脱ぎ去る。
鎧は料理の邪魔になるだろうし、パラライチェックも今すぐ必要になる事は無いだろうと思い、二つともデイパックにしまった。
シャワーを浴びて、ホコリや汗を洗い流すべく頭と体を洗う。
シャンプーやらボディーソープは備え付けてあったものを使った。
神宮流体術免許皆伝の豪傑である彼女でも女性だ。
そのボディーラインは女性特有の曲線で彩られていた。
ショートカットの髪の下から覗くうなじ。
細くともすらりと引き締まった腕と太腿が、彼女の健康美を更に強調していた。
同時に鍛え抜かれた彼女の脚線は、えもいわれぬような緊張感をかもしており、まさしくネコ科の野生動物のごとき美しさを誇っている。
そんな彼女の体の曲線を、泡が撫でるように伝い落ちる。
体の汚れやホコリは洗い流せたものの、彼女の悲しみは洗い流される事はなかった。
むしろ、浴室という閉塞的な空間にいる事で、先程抱いた陰鬱な感情が呼び起こされる。
立ち昇る湯気の中、壁に手をつき項垂れる。
彼女の頬を伝い落ちる液体はシャワーのお湯か、はたまた彼女の涙か…。
一頻りそうしていた後に浴室を出る。
脱衣所の鏡が自分の裸身を映した。
鏡に映った自分の顔は、普段の活力に満ちた自分とは遠くかけ離れていた。
(なんて顔をしているのかしら? こんなの、らしくないじゃないか。
そう、今は仲間の死に捕らわれ立ち止まっている場合じゃない! 前へ、前へ進む事が私のすべき事!)
頬を両の手で思いっきりはたき、自らに喝を入れた。
着替えを済まし脱衣所を出る。
(もう、完成している頃かしら?)
調理を再開すべく、再びキッチンへ向かった。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

「また13人…か」
チェスターを見送ったボーマンは、西に進んでいた最中に2回目の放送を聞いた。
予想以上に多い。自分は昼から夕方にかけては、誰も手にかけていない。
それなのに13人の死亡者がでたという事は、返り討ちにあったゲームに乗った人物もいるだろうが、自分も含めて6,7人ぐらいはいるのではないだろうか?
(現在の生存者は俺を除いて35名。内殺し合いに乗った人数を7人と仮定すると大体5人に1人か…。
このまま外で夜を迎えるのは、いささか危険かも知れんな)
彼は安全な場所を確保すべく、現在位置から目と鼻の先にあるホテル跡を目指し歩き始めた。
狩る側にとってはそういった場所に集まるだろうと目星を付けやすいだろう。
それでも、外で全周囲を警戒しながら一夜を過ごすよりは遥かにましだろう。
それにホテルの部屋ならば、出入り口に破砕弾によるトラップを仕掛けておけば、寝込みを襲われる心配も少ない。
(そういえば、さっきチェスターに渡した破砕弾でストックが切れていたな)
ボーマンは新たに3個の破砕弾と2個の毒気弾、1個の秘仙丹を生成した。
ついでに、戦闘時の調合は不可能だと思いつき、戦闘時に補助的な役割を果たしそうな物も作って懐にしまっておく。
そうこうしているうちにホテル跡が見えてきた。
そのホテルの一室からは、なぜかカレーの臭いが漂ってきていた。
不審に思い、窓からその部屋の様子を伺うと部屋の中は無人だ。
火が点いたガス台の上にはカレールーで満たされた鍋と、その横で米を炊いている鍋があるだけだった。
改めて誰もいない事を確認し、ボーマンは窓から部屋に侵入した。
(誰かがここで料理をしているんだろうな…。
どうやら先客がいたらしい。どうする? 殺し合いに乗った人間だと厄介だな…)
だが、彼はその可能性が薄いことに気付く。
(いや、この米とルーの量は明らかに1人で食べる量じゃない。という事は複数人いるわけか…。
その場合はアドレーやマリアのように主催者の打倒を目指している連中の可能性が高いな…。
このゲームの勝者は1人だけというルールがある以上、殺しに乗った人物は基本的に一人で行動するはずだからな)
鍋の中を覗き込む。
(このカレー、やけにニンジンが少ないな、それに野菜の形が歪だ)
理由はすぐにわかった。まな板にはピーラー、それと細かく砕かれた野菜の破片。
包丁等がここにはなかったのだろう、仕方なくこの料理人は叩くなり潰すなりして大きさを調整したと思われる。
そこで彼の中の悪魔がボーマンに囁いた。
(今自分の持っている物にニンジンに酷似しているイイ物があるじゃないか)
「マンドレイク…」
彼は呟くと同時に、デイパックの中からそれを取り出した。
クレスの治療の際1/3使ってしまっているが、コイツ単体ならばかじっただけで人を死に至らしめる事が可能だ。
自分の手を直接汚さずに人を殺せる。
尚も人を直接殺す事に抵抗があった彼には、それがとても魅力的な行為に思えた。
自然と手は動き、マンドレイクの皮をピーラーで剥き始めていた。


マンドレイクの皮を全て剥き終えたその時、
「誰っ!? 両手を上げてこちらにゆっくり振り向き…って、あなた、ボーマンじゃない!」
キッチンに戻ってきた人物――チサトと鉢合わせてしまった。
ボーマンは焦った。よりにもよって、ここで料理をしていたのが、かつての仲間だったなんて。
「何してたの?」
こちらに歩み寄りながら質問してくるチサト。
「ん? ああ」
あやふやな返事をするボーマン。
(さて、どうしたものか?)
「あれ? これニンジン? 丁度少なくて困ってたの。食料庫にはもう無くってさ」
まな板の上のマンドレイクを覗き込んで、チサトは見事にニンジンと勘違いをしたようだ。
根元に特徴的な二股がある植物だが、その部位はクレス治療の際に使っている。
こうなってしまえば、素人目にはニンジンにしか映らないだろう。
「あ? ああ。丁度ここを通りかかったらカレーの匂いがしてな。
失礼して覗いてみたらニンジンが異様に少ないのに気付いてな…。
丁度支給品に紛れていたから使おうかと思ったんだが…皮を剥き終えた後包丁が無くて、どうしたものかと考えていたんだ」
我ながら苦しい言い訳だな、と思ったがチサトは、
「そう。助かったわ。サイズは見てくれがアレになるけど…」
と言いマンドレイクをへし折る。それでも尚大きな部分は、引き裂いてドバドバッとマンドレイク片を鍋に入れた。
「まぁ、なにより無事でよかったわ。ロビーに同行者を待たしているの。
話したいこともあるし、一緒に食べましょう。そっちの鍋運んでくれる?」
少し煮詰めた後に、鍋を抱えてチサトはボーマンを促した。
(まずい事になった…。だがここで断っても怪しまれる。一先ずは同意するしかないな)
「わかった」
動揺を表情に出さないように気を遣いながら、彼はチサトの後についていった。


ロビーまで連れてこられたボーマンは再び驚く事となる。
今まで見たことのない化け物が、ソファーに腰を掛けていたからだ。
(なんだ? あれは?)
思わず怪訝顔をしてしまっていたのだろう。
そんな彼の顔を見て、チサトはガルヴァドスの事をボーマンに紹介した。
「見た目はかなり凶悪な魔物って感じだけどいい奴よ。ガルヴァドスっていうの」
ガルヴァドスと呼ばれた化け物が、こちらを見て何やら考え込むような表情をした。
「ガルヴァドス、心配しなくていいわ。彼はボーマン、私の仲間よ。信頼できる人間だわ」
化け物に笑顔で自分の事を説明するチサト。
(おいおい…、こんな簡単に信頼していいのかよ?)
だが、その信頼が心地よかった。
かつての仲間というだけで、無条件で自分を受け入れてくれたチサトが眩しく見える。
チサト自信も、もう少し警戒すべきなのかも知れないが、仲間の死や裏切り(これは彼女の勘違いだが)という出来事が立て続けに起こった中での仲間との再会。
自然と彼女はボーマンを疑うという事はしなかった。
これ以上、仲間達との繋がりが絶たれるのが嫌だったのかもしれない。
「さあ、ご飯にしましょう!」
チサトがそれぞれの皿にカレーライスを盛り始める。
(どうする? このままでいいのか?)
数瞬の迷いの後、
「待て!」
ボーマンは自分の声が予想以上に大きくなってしまった事に驚きながらも続けた。
「飯の前にちょっと…」
「あぁ、いいわよ。いってらっしゃい」
「?」
いきなり訳のわからないことを口走るチサトに困惑する。
「ご飯の前に中座なんて、行き先は一つしかないでしょ?」
(こいつ…、俺が便所に行きたがってると思っているのか?)
一先ずその勘違いに乗ることにする。
「ああ、行って来る」
「戻ってくるまで待っているから早くしてよね?」
ボーマンは彼女の呼びかけに手をひらひらと振り無言で答え、ロビーを離れた。


改めて考えをまとめようと洗面台に手をつく。
(このまま、悩み続けていてはならない…。ここでチサトを殺したら俺は二度と戻れない。
今決断するんだ! 俺がこれから取るべき行動を! そして、その決意を二度と曲げるな!)
かつての仲間達の姿。殺されてしまった3人を含めて11人との思い出を蘇らせる。
楽しい事ばかりではなかった。辛く、何度となく死にかけもした。
そんな状況を共に生き抜いた仲間達。
(やはり、あいつらはかけがえのない俺の仲間だ。殺したくなんて、死んで欲しくなんてない。だけど…)
この島に来てからの自分の行動を振り返る。
エクスペルに戻れる可能性が高い方を選び、自分と同じく父親であるアドレーを手にかけた。
その後、今度は脅迫に近かったとはいえ瀕死の人間の命を救った。
人を1人殺したという罪が軽くなった気がしたのは事実だ。
だが今度は、救った人物の親友を名乗る男に、治療薬と偽り破砕弾を渡した。
彼らが上手く再開したら、おそらくクレスと呼ばれた少年は死ぬだろう。
チェスターもその事実に絶望し気が狂うかもしれない。
マリアが彼を放っておくわけもないだろう。
我ながら鬼畜な事をしたものだ。
(そんな俺が今更…)
葛藤をしていた彼の脳裏に、ニーネとエリスの笑顔がちらついた。
(俺は…、もう一度二人に会いたい! それに…)
エリアルタワーで十賢者との初遭遇後、訳のわからぬまま辿り着いたネーデのセントラルシティ。
そこの市長ナールから告げられた母星エクスペルの崩壊。
それとともに悟ったニーネの死。
(もし、俺がここで死んだら、あの時感じた絶望をニーネとエリスに与える事になる。
それだけは絶対にさせるわけにはいかない! そうだ! もう俺は迷わない! 例え誰であってもこの手にかけてやる!)
彼もまた、決意を固める事となった。
(おそらくロビーに戻れば食事になる。何とかマンドレイクを避け二人が口にするのを待つしかないか…)
ボーマンはその決意をより強固な物にするため、仲間殺しをする覚悟を決めたのであった。

洗面台で顔を洗い、気を引き締める。
なんとか自然体な表情を装ってトイレから出ようとした時、ズシィーンと巨大な何かが倒れる音がした。
外からは、なにやら叫び声を上げているチサトの声が聞こえてくる。
ボーマンは意を決して、ロビーへと向かった。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

チサトは何が起きたかわからなかった。
もう待ちきれない様子だったガルヴァドスに、先に食べていていいわよと声を掛けた矢先の出来事である。
カレーを口にしたガルヴァドスが、白目をむき卒倒したのだ。
(えっ? なになに? そんなに私のカレーがまずかったの?)
いや、だが明らかに様子がおかしい。
いくら口に合わないものを食べても、こうはならないだろう。
(とにかくボーマンを呼ぼう。素人の私よりこういったものには詳しいはずだ)
そう思いトイレの方に振り向いた時、丁度ボーマンが出てきた。
「聞いてよ! カレー食べたらいきなり倒れたの! 食中毒とかでもないと思うけど、お願い! 診てあげて!」
「いや、原因はわかっている」
どこかいつもと違う、冷え冷えとしたボーマンの声。
「マンドレイク毒の症状だ。俺が用意して、お前がカレーに入れた」
「なっ、何を言ってるの?」
「カレーに毒を盛ろうとしたんだ…俺が」
突如として向けられた本気の殺意。
直観的にやばいと悟り、後方に大きく跳び退く。
今までいた場所が爆発で包まれていた。
爆風が頬をなぶり、飛ばされた破片が雨のように降り注ぐ。
立ち昇る爆煙を振り払い、ボーマンが迫る。
鋭い踏み込みと共に、矢の様に鋭い拳が打ち出された。
正面からそれをガードするチサト。
ガードした体勢のまま押し返し、開いた間合いを利用して胴に蹴りを見舞う。
大きく距離が開く二人。
(まさか、彼まで…)
チサトは未だにボーマンが言っている事を理解できなかった。
いや、したくなかった。
だが、それは彼の口から告げられた。
「俺は、ニーネとエリスの下に帰るため優勝を狙うことにしたんだ…。恨むなとは言わない。だが、俺の目的の為に…死んでくれ!」
白衣の内ポケットより取り出した丸薬を炸裂させる。
チサトの周囲に毒素を孕んだ霧が生じる。
直接的な殺傷力は乏しいが、長時間吸っていては悪影響が出るだろう。
なにより、このままこの場にとどまれば、更なる丸薬のいい的だ。
裏を掻くためあえて霧の先、ボーマンがいると思われる方向へと突進する。
立ち込める毒霧の中でボーマンを捉える。
チサトのこの行動を予期していなかったボーマンは、彼女に先手を許す事となった。
チサトは突進のスピードを活かして、拳打、肘打ち、掌打と流れるような連打を放った。
神宮流体術奥義『昇龍』だ。
ボーマンは防御に徹することで、なんとか痛撃を受けるのを免れた。
攻防によって巻き起こる風で霧が晴れ、ボーマンを見つめる。
彼の表情には憂いに似た何かが浮かんでいた。


「あなたもなのね? ボーマン…」
ボーマンに向けて呟くチサト。
信じられなかった…。信じたくなかった…。クロードに続いて彼まで…。
確かに、この二人の目的は理解できる。
だけど、自分達の絆はこんな簡単に断たれてしまう物なのか?
何故彼らは、自分と同じように皆と力を合わせて、ルシファーに立ち向かおうとしないのか?
「も? 他にも誰か殺し合いに乗ってるのか?」
「クロードもよ…。直接聞いたわけではないけれど、いきなり襲ってきたわ。
きっとレナを生き残らせる為に、他の人間を皆殺しにするつもりなんだわ」
「そうか…」
クロードの事を聞いたボーマンは、一瞬だけその表情に哀しみの影をよぎらした。
そんなボーマンの表情の変化を捉えたチサトは、まだボーマンは迷っているのかもしれないと思った。
「考え直すつもりはないの?」
決めたはずだった。殺し合いに乗った者は誰だろうと止めると。
もしここで彼が考えを改めてくれるなら、まだやり直せると思った。
だから、これは彼に対しての最終勧告。
しかし、ボーマンの決意は固かった。
「俺は既に一人殺している…。今更…後戻りなんぞ…できん!」
叫ぶや否やボーマンが一気に間合いを詰め、突きを繰り出してきた。
チサトも素早くこれに応戦。
突きを腕で受け流し、ボーマンの延髄目掛けて回し蹴りを見舞う。
ボーマンも空いてる方の腕でこれをガード。
チサトはそのガードごと脚を振りぬき、間合いを離す。
陣宮流体術は足技主体の流派だ、対してボーマンは拳打主体の格闘スタイル。
当然、懐に入られたらチサトは不利になる。
だが、ボーマンには遠距離攻撃の手段がある。
『気功撃!』
拳にオーラを纏わせ打ち出す技。
向かって左にそれを回避。
離しすぎた間合いを詰めようとしたが、こちらの出鼻を挫く様にもう一発飛んできた。
それも左に回避。だがこれはボーマンの誘いだった。
左側には迫る壁と、その近くには朽ちかけた円柱。
しまったと思った時には遅かった。
爆発音とともに彼女の頭上に円柱の瓦礫が倒れてきていた。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

「済まない…」
巻き上がる粉塵に向かって呟く。
恐らくチサトは、あの瓦礫に押し潰されて死んだだろう。
だが、見つめる粉塵の中に拳を突き上げたようなシルエットが浮かんできた。
「一日に二回もこれを使うなんてね…」
よく見たらチサトの腕がおかしな事になっている。
(俺の知らない技? 恐らく肉体強化系の気功の類だろう)
チサトの分析をしていたボーマンの視界から彼女が消えた。
刹那。チサトはボーマンに肉迫していた。
そのまま自分に放たれた膝蹴りをなんとかガードする。
その蹴りは強力で、ガードの上からでもダメージを受ける程だった。
「くっ!」
思わず苦悶の声を洩らしてしまう。
「一気に決めるわ! 神宮千裂拳!」
怯んだボーマン目掛け、ガルヴァドスの巨体おも吹き飛ばす強力な連撃を見舞う。
ガードを抜かれ、連打を浴びるボーマン。
フィニッシュブローで大きく吹き飛ばされたボーマンは、壁に激突してようやく止まった。
体があちこち痛み、意識が混濁する。
(ここまで、なのか…)
だが彼にも意地がある。仲間を殺してでも帰ることを選んだボーマンは、心に湧いた弱気を振り払った。
(そうだ…。決めたんだろ? なんとしても生きて帰るんだと。なら、死ぬその瞬間まであきらめるものか!)
飛びそうになる意識を、気迫でなんとか繋ぎとめる。
(まだ…戦える! それにチサトのあの技。あの手の強化系の気功なら、そんな長時間効果が続くものでもないだろう。
それどころかあれだけの爆発力を発揮する技なら反動も物凄いはずだ…。まだ勝機はある)
壁にすがる様に立ち上がった彼は、一先ず時間を稼ぐべく、最後の毒気弾をチサトと自分の間に放った。
再びロビー内が毒気を帯びた霧で満たされる。
チサト自身も先刻この技を使用して持続時間の短さと、反動の大きさは把握している。
見るからに毒々しい色をした霧を無視し、ボーマンに詰め寄る。
(くそっ! 速さまで増してやがんのか?)
先のダメージもあり、満足に動けない彼は防御に徹せざるを得なかった。
回し蹴りが死角から迫る。回避は不可能と判断し、腕を使ってガードする。
だが尚も、彼女の攻撃の勢いは止まらない。
回し蹴りの余勢を活かし、そのまま下段、中段と回し蹴りによるコンビネーションを繋げる。
神宮流奥義『旋風』
容赦なく迫る嵐のような脚技。
その一撃一撃は重く、正面から受け止める事も容易ではない。
堪らず攻撃の切れ目に合わせて空中に退避。
しかし、チサトの執拗なまでの攻めは続く。後を追う様に跳躍しボーマンに追いすがる。
苦し紛れに放ったボーマンの蹴りを掴むと、その勢いを利用しカウンター目掛けて投げ飛ばす。
「っ!」
あまりの衝撃に肺の中の空気が漏れる。ぼやける視界に捕らえたのは空中より迫り来るチサトの姿。
獲物を狩る猛禽類さながら、降下と共に振り下ろされる一撃。
だが、顔面に打ち込まれた拳は、予想していた物よりも遥かに軽かった。
チサトの表情が強張る。どうやら時間切れのようだ。
『気功撃!』
ゼロ距離で闘気を纏わせた拳をチサトに叩き込む。
拳の衝撃と、放った闘気の衝撃とで彼女を吹き飛ばす。
(今の一撃、チサトに俺を殺す余力はなさそうだな。俺も満身創痍だが、こちらにはこれがある)
最後の一個。切り札として取っておいた破砕弾の感触を白衣の上から確かめた。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

(肝心な時に時間切れなんて…)
全身にのしかかる鉛のように重たい疲労感。とてもじゃないが今までのようには動けない。
ボーマンを見る限り、かなりのダメージは見て取れるが、こちらにはもう致命打を入れる余力は無い。
状況は明らかに不利だと培ってきた勘が告げていた。
だが、ここで諦めるわけにはいかない。ここで彼を止めなければ更なる被害者が出る。
じりじりと距離を詰めてくるボーマン。
(なんとか対抗する手立ては?)
彼女はまだ諦めずに反撃の手段を求めた。周囲を見回すと床に転がるデイパックを捕らえる。
誰の物かはわからないが、もし自分のものならあの中に鎧をしまった筈だ。
紐を掴み、振りまわす事で強力な武器に成り得る。
最後の希望を込めて拾い上げると、ズシリと重い。
迫り来るボーマン目掛け、思いっきり振り上げる。
アゴに強力な一撃を叩き込まれた衝撃にたたらを踏むボーマン。
その衝撃により、撒き散らされる内容物。
地図、筆記用具、食料、水、そしてこの鼻を突く臭いは、
(ガソリン?)
確かガルヴァドスの荷物にガソリンがあったはずだ。このデイパックはガルヴァドスの物だったらしい。
それらを頭から被ったボーマンの体は、ガソリン塗れになった。
最後に見せたチサトの足掻きが彼女に勝機をもたらした。
特製の名刺は武器として認識されたらしく『バーニングカーズ』用の名刺は無くなっていた。
ただ一枚だけを残して。
その一枚は、クロード達を隠れて取材していた最中に紅水晶の洞窟で落とした物だった。それがきっかけとなり、彼女も彼らの旅に同行することになった。
この名刺が自分とクロード達を引き合わせたのだ。
だから、この一枚だけは例え古くなって武器として機能しなくなってしまっても、肌身離さず持っていた。
その一枚の名刺を取り出す。
名刺に気を送り込み、纏わせた闘気を炎へと変化させる。
前述の通り、古くなったこの名刺の攻撃力は無に等しい。だが彼女が掴んだ勝機を活かすにはこれで十分であった。
「バーニング…」
(自分とクロード達とを繋いでくれたこの名刺で、仲間の命を絶つことになるなんて)
カードを振りかぶるチサトの目が微かに滲む。
(それでも誓ったんだ。この地で散った仲間達に。殺し合いに乗った人間を止めると。
例え相手が誰であっても! その相手が、かつての仲間であろうと!)
決意を胸に、仲間との絆を築いた代物で、その仲間の命を絶つべく名刺を放とうとした。
そう、放とうとしたのだが、
(体が、動かない?)
チサトは困惑を胸に抱きながら、正面で立ち尽くすボーマンを見つめる。
彼の手には、見覚えのある丸薬が乗せられていた。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

彼は被った液体がガソリンだと理解していた。
そして、霞む視界の中で炎を纏った名刺を持つチサトの姿を捉えた。
その光景から導き出される結末は一つ。だから、今しかないと思った。
ホテルに向かう道中、調合しておいた霧状の薬品を散布させる。
その霧を吸った彼女の体はたちまち硬直を始める。
ローズヒップとトリカブトを調合する事で生成される『パラライズミスト』
霧を吸った者を一時的に麻痺させる代物だ。
ふと思い立った二人の行動が彼らの明暗を分けた。
麻痺したチサトを見つめる。
(今から俺はコイツを殺す…。忘れるな、この光景を! 心に刻み付けろ、今抱いた感情を!
俺はこれからこいつの屍の上に立ち、生き続けて行かねばならないのだから!)
懐から破砕弾を取り出すと、チサト目掛けて投げつけた。
思い描いたとおりの軌跡を描き彼女に命中した破砕弾は、チサトの体をバラバラに吹き飛ばした。
爆発によって生じた火の粉が、床を濡らしたガソリンに燃え移る。
ボーマンは自信の身の危険を感じ、その場を退避する。
出掛けに自分の荷物と、側においてあったチサトの荷物を抱えると、外に飛び出した。
(亡骸を弔うぐらいの事はしたかったんだがな…。この状態ではそれもままならないか…。いや、今の俺にはかつての仲間を弔う資格すら無いんだよな…)
ロビーに上がった火柱は彼女達の遺体を焼き、ホテルの壁にまで浸食し始めた。
ボーマンはその光景をしばらく見つめ続けていた。

どれくらいの間見つめていただろうか。
このままここに居続ける訳にもいかないので、彼は北の方角へと歩き始めた。


【E-04/夜】
【ボーマン・ジーン】[MP残量:40%]
[状態:全身に打身や打撲 ガソリン塗れ(気化するまで火気厳禁)]
[装備:なし]
[道具:調合セット一式、七色の飴玉*3@VP、フェイトアーマー@RS、パラライチェック@SO2、荷物一式*2]
[行動方針:最後まで生き残り家族の下へ帰還]
[思考1:完全に殺しを行う事を決意。もう躊躇はしない]
[思考2:安全な寝床の確保]
[思考3:調合に使える薬草があるかどうか探してみる]
[備考1:調合用薬草の内容はアルテミスリーフ(2/3)のみになってます]
[備考2:秘仙丹のストックが1個あります]
[備考3:ホテル跡は次回放送までには焼け落ちるでしょう]
[現在位置:ホテル跡周辺。やや北寄り]

【ガルヴァドス 死亡】
【チサト・マディソン 死亡】
【残り33人】



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第85話 ガルヴァドス
第85話 チサト
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