※上記の広告は60日以上更新のないWIKIに表示されています。更新することで広告が下部へ移動します。

第103話 その手に光を得るために(前編)


「ルーファスさんがどうして……私…夢を見ているのかな?
 もしかして……私、死んじゃったのかな?」
「いいや、現実だぜ。今ここに……俺はお前のそばにいるぜ。
 紛れもなく俺は現実にいる……」

ルーファスの真っ直ぐな視線。ソフィアは嬉しそうに見つめ返す。

「感動の再会といきたいところだけど……アレを倒してからにしようぜ」

ルーファスが飄々と答えると背後に気配が宿る。
金龍が埃を叩きながら起き上がると、眼窩を尖らせ睨み付ける。
瞳に宿る邪悪な炎、金龍は憤怒に満ち溢れていた。聞き捨てならないことを言われたのだ。

「アレだと……神である私がアレ扱いだと。
 殺す……貴様を殺す。ズタズタに引き裂いて、この世に肉片すら残さぬぞ」

金龍は激昂に身を委ねると、斧を具現させ、一気にルーファスの下へ踏み込む。
背中越しのルーファスを一瞬で引き裂く、金龍は大地を蹴ると跳躍し、斧を振り上げた。

「ルーファスさん、後ろです!!」

無防備に背中を見せるルーファスにソフィアは忠告する。
だが、もう間に合わない。金龍の攻撃はルーファスを完全に掌握していたのだ。
宙を舞う金龍は間合いを一気に詰め込み、ルーファスに力の限り振りかぶった。
そのとき、金龍の身体は地面に叩き落される。
上空から凄まじい雷撃が金龍に直撃、金龍は叩き落された虫のように地面に這い蹲る。

「う、うそ…」

まさにその光景はソフィアとの邂逅の再現。
そして、ソフィアはさらに驚かされることになる。ルーファスが繰り出す雷撃の威力に。
自分が最初に見たときよりも、威力も速さも段違いだったのだ。
この短期間のうちに、これほどまで凄まじい力をつけたのかと、目を丸くした。

「最初の奴といい、どうも空を飛ぶ奴は頭が悪いらしいな。
 俺がむざむざと背中を見せると思うか? 覚えておきな。
 『サンダーフォール』って言うんだ。結構効くだろう?」
「己……虚仮にしおって、女諸共殺してやる、この金龍が直々に殺してやる!!」

背中を見せていたルーファスは全身を返すとここで初めて金龍と対峙する。

「そうはさせねえ…ソフィアには指一本触れさせねえぜ!! 来いよ、クソ野郎」

全身を震えさせられる気迫が金龍に向けられる。嫌な匂いがしたのだ。
何か気に入らない匂いが立ち込めるのだ。
クェーサーは勘違いだとそれを振り切るように力を解放する。
圧倒的な魔力が空間を支配する。
魔力の坩堝にソフィアは震えがとまらない。
いくらルーファスさんが駆け付けたといっても、目の前にいる存在は神。
人間は理解を超えた存在なのだ。
だが、ルーファスは不適に笑った。金龍の力をまじまじと見せ付けられたのに。
ふてぶてしく笑みを浮かべる。

「俺の後ろに隠れていろ、まあ、見ときな。俺は負けねえ……絶対にな」

恐怖に怯えるソフィアにルーファスは背中越しから優しく言った。

「お姫さんを守るのは昔から騎士の仕事だって言うだろ」

ルーファスはソフィアにコンタクトを送ると弓を構えた。弦を引く。
矢を装着しないのに、なぜか構える。だが、矢は撃ち出される。
ルーファスに矢など必要なかったのだ。ルーファスが弓を構えるとがらんとなった手に矢が具現される。
魔力の力で作り出された矢が生成される。
そして、狙い打つ、金龍目掛けて魔力の矢を。
ルーファスの力は以前にも増してパワーアップしていたのだ。
物を生成するのは神の力に等しい。魔力で作られた矢は役目を終えると散り散りに消え去ってしまうものだが、
ルーファスが生成した矢は具現したものではない、生成されたものだ。
ルーファスはそう――――

「神に弓を引く愚か者め」

腕を横に薙ぐと衝撃波が巻き起こり、矢を弾き飛ばす。その隙にルーファスの間合いに入り込む。
弓兵など接近戦に持ち込めば、一瞬で片がつくのだ。
だが、ルーファスは金龍を休ませはしない。ルーファスも同じように一気に片をつける。

「くっ、おのれぇーー!!」

矢/弾く、矢/弾く、矢/弾く、矢/弾く、矢/弾く。
金龍は連続して放たれる矢の前に身動きが取れない。ルーファスの間合いに近づけない。
人間業とは思えないほど、その俊敏の連続にその場に固定される。
金龍は身体に鞭を打ってでも、ルーファスの死角となる近接戦に持ち込みたいところだが。
その矢の技一つ一つが強大かつ、正確無比。
一撃でもまともに食らえば、重傷は免れない。
回避に転じることができない。回避した瞬間、急所を抉られる。
攻撃に転じることができない。攻撃した瞬間、体諸共吹き飛ばされる。
地面に鎖を打付けられたような矢の連鎖に金龍を憔悴させる。
勢いを殺せ切れなかった一撃に肩、胸、肘と矢傷が増えていく。
雷撃が金龍の身体を焦がしていく、光弾が生傷を与えていく、真空の刃が肌を切り裂いていく。
金龍は無様に動きを封じられる。
だが、金龍とて、トゥトアスを監視する神、このままでは終わらない。
ルーファスは金龍の真の怒りに触れる。龍は逆鱗に触れてからが、本当の戦いなのだ。

「砕け散るがいい!!」

莫大な魔力の流動が翼から開放される。
黄金の翼をいっそう煌かせると、周囲が真昼のように照らし出される。
金龍クェーサーから衝撃波が巻き起こりルーファスの攻撃はすべて弾き出される。
金龍は本気になったようだ。

「さすが、このままじゃ、いかねえか」

神の力。人の身なら身の毛も弥立つ力に触れ、その場に張り付かされたかもしれない。
だが、ルーファスは金龍の変化にも表情を変えず飄々としていた。
激しい昂ぶりに身を任せる金龍は両手を合わせると極光を放つ。
ルーファスは危険を察知する。あれはやばいなと警告する。

「振り落とされないよう、俺に掴まっていろよ」
「へ、きゃあ!?」

とソフィアを抱きかかえると、大きく飛び跳ねる。

激しい閃光が広がる。ルーファスのいた地点が焦土に変えられる。
その威力によって、土を抉り取られ、土石が舞い上がる。
土石の破片がルーファスに当たると、彼の頭に巻かれていたバンダナがはらりと落ちる。
ルーファスの髪がはらりと流れると、金龍にとって驚愕の事実が知らされる。

「貴様、エルフだというのか……」

金龍は気づく。目の前の存在が守るべき存在のである事を。
そして、突きつけられる、その守るべき存在に刃を向けられている事を。
ルーファスの耳はエルフの証である尖った耳だったのだから。

「へ、エルフだと……あんな連中と一緒にされたら困るな。俺はハーフエルフだ」

大きく飛び跳ねたルーファスは上空から矢を打ち出す。
金龍はそれを弾き返すとすぐに指を弾く。
すると魔力の塊が集い拡散。無数の光の線がルーファスを狙う。

「ハーフエルフ……人間とエルフの中間、歪みの根源。
 歪みの原因がここにいるとは、つくづく私は運がいい!!」

金龍は心の中でほくそ笑む。歪みの証がここにいたのだ。
アルガンダースを生んだ根底の存在が目の前で闊歩しているのだ。
金龍にとってかつてない僥倖。

「歪み……確かにそうかもな。神の器として生きてきた。俺自身、そうだったかもしれない」

ルーファスは一瞬影を落とすと、矢を無数に生成し、光の線を全て打ち落とす。
大木の枝の上に着地すると『フリーズランサー』を放つ。その矢は飛び掛かってくる金龍を狙わず。
目の前の地面に放たれる。大地に矢が刺さった瞬間、巨大な氷柱が佇む。
金龍は踏み込んだ勢いのまま、腕を振り上げ氷柱を突き破る。

「神の器だと……器如きで神である私に逆らうのか!? 私の器、リドリーは己の宿命に甘んじて受け入れたぞ。
 少々抵抗したが役目を果たしたぞ。それに比べ」

氷の壁を突き破った金龍は黄金の斧を振り翳すと、一気に振り下ろす。全てを貪る渾身の一撃。

「貴様はなぜ抵抗するのだ? リドリーと同じように受け入れるがいい!!」
「器か……。かつての俺ならその宿命を受け入れていたかもしれないな。
 己に課された抗いようのない力に絶望し、諦めていたかもしれないけどな―――」

ルーファスはひゅうと息を吸い込むと、神経を張り巡らせ、金龍の攻撃の起点となる軸に矢を打ち込む。
斧の打点は反らされる。ルーファスはその隙に矢を通す。

「俺はアリーシャという子と出会ったんだ。
 彼女は俺と同じような宿命を背負わされた子だった。
 でも、俺とは違っていた。彼女は俺以上に辛い立場だった。
 常に自分が自分じゃなくなる感覚と戦っていた。
 でも、それ以上にあいつは違ったんだ」

矢が金龍の胸に突き刺さる前に防護壁は張り巡らせ、地面に着地する。
上を向くと、ルーファスが金龍を見下している。金龍は不快になった。
なぜ、自分がこうも苦戦を強いらなければならないのか。

「それでもアリーシャは諦めなかった。それは俺とは明らかに違う点。
 俺は暗闇の中で絶望を探していた。けど、アリーシャはその中で希望の光を探していた。
 だから、俺は…あいつとなら、宿命に抗えると思った」

金龍は吼える。敵対する愚か者の馬鹿馬鹿しい行動の数々に哀れを感じる。
なぜなら、ルーファスの行為は無意味だから。

「それがどうした、器。貴様の存在に意味などはない。
 アリーシャが死んだ今、貴様の行動は愚かな行動に過ぎん」

放送の内容からアリーシャの死亡は確定的だったのだ。
あまりにも笑える。目の前の存在が虚構でできた存在だから。

「俺にとって、アリーシャは全てだった。大切な子だった。
 全力で守ってあげたい愛しい存在だった」
「だが、もういない。貴様の行っている行動は道化だ。
 哀れな道化にすぎない。そんな貴様が私に勝てるわけなかろう」

金龍は手から光の弾丸をルーファスに放つ。
出力は最大限に高められた一撃。触れた瞬間、大爆発を起こす代物だ。
それはルーファスを捕らえる、いくらに逃げ切ろうとも、爆発は全てを巻き込む。
金龍は心の奥底から喜び喘いだ。
いくらルーファスが魔力を練ろうとも、神の力には遠く及ばないのだ。
一介のエルフが凌げる技ではない。

「アリーシャはもう……いないかもしれない――――」

ルーファスは諦めにも似た悲しみを浮かべると、弓を構える。
無駄である。金龍の攻撃に対抗するには、力が及ばない。

「――――けど、大切な子はいるぜ」
「何?」

ルーファスはギリリと弦をしならせると大きく構える。
その威風堂々と構える姿は神の威厳を思わせる。

「そいつは……鈍くさくて…泣き虫で…おおよそアリーシャとは程遠い奴だったよ。
 けど…そいつは俺が罪を重ねようとするたび、止めやがるんだ。
 『そんなことしても、アリーシャさんは喜ばない』って。
 もし……そいつに出会っていなければ俺は確実に闇に堕ちていた。
 もう少しで、俺は自分自身で希望の光を摘む取るところだった。
 死んで初めてやっと気づいたのさ。俺が本当にしないといけないこと。
 大切な子がいるなら、全力で護る。それはアリーシャとそして、側にいる―――」

魔力の固まり目掛け、矢を打ち出す。

「―――――ソフィアだ」

放たれた矢は空気を切り裂き、真っ直ぐな軌道を描き、突き進む。
何も変哲もない一本の矢。
だが、そこには想いがたくさん籠められている。
そして、矢は巨大な光の球体を貫く。

その刹那。圧縮された魔力の塊がパンと散り散りに砕け散った。
金龍は目を疑った。なぜ自分の溜め込んだ力が一瞬で消え去るのだ。
ありえない現象を目の前で叩き付けられた金龍は絶句する。

「馬鹿な……我が力を上回るだと!!」

そして、魔力を貫いた矢は金龍を狙う。
金龍はすぐに身体を奮い立たせ、回避しようとする。
だが、金縛りに陥ったように身体がうまく動かない。
まるで蛇の神経毒を喰らったような痺れに身がたじろいだ。
金龍の胸に矢が深く突き刺さる。
突き刺さる矢を引き抜くと金龍は怪訝な表情を露にし、内に秘める毒に張り叫んだ。
知っているぞ、この抵抗感、この違和感。こいつは。

「リドリーめ、この私に歯向かうというのかッ!?
 己、死にぞこないめ……くそ、力が入らん」

身体の動きが鈍る。こんな時に、なぜ、眠りに付いた奴が復活する。
何故、こんな時に、理解できぬ、理解できぬぞ。
金龍は必死にリドリーの意識を拭い去る。だが、リドリーの感情が決壊したダムのように溢れ出す。
―――羨ましい……私も彼女のような人に会いたかった。
―――そうすれば、私も諦めずに済んだかもしれない。
―――ジャックにもっと早く会えれば…私も……。
金龍はがんじがらめに囚われる。螺旋の檻に。

「黙れ、貴様は器に過ぎんのだ。器の分際で私に逆らうなッ…」

必死に己の中の存在と戦う金龍。
ルーファスはそんな金龍の隙を見逃さない。

「分かるぜ、俺には……お前の苦しみがひしひしとな」

真上に昇る月を見ながらルーファスは金龍に語りかける。
だが、それは金龍に向けられた言葉ではない。金龍の器となった悲しい少女に向けられたものだった。
ルーファスは分かるのだ。たぶん、器の少女は孤独だったのだろう。
なんせ、遠い昔に自分が歩んできた道程だったのだから。感じる…その苦しみが。

ルーファスは自嘲に似た物をふっと鼻を鳴らし拭い去ると、上空に弓を構え、自身の最大級の技を放つ。
紫煙のような光が矢から立ち昇る。そこに込められた魔力は今までの攻防が嘘のように思えるほど群を抜いていた。
それは金龍にとっても同じだった。そこに秘められた力は人間のものではない。
それは疑いようのない神の力。

「貴様、器などではないな……その力まさしく…」
「ご名答、けどな……器だろうが神だろうが俺には関係ないね。俺は俺だから」

その時、大地が大きく震える。矢が夜空目掛け放たれると、空気の流れが上昇していく。
月を貫きかねないほど疾駆する矢は∞字を描き、天を貫くと、紫色の力を帯びた矢が拡散する。
広く散らばる様はまるで毒々しく咲き乱れる花、曼珠沙華を連想させる。妖美に乱れる閃光はその花が持つ毒を意味し、金龍を貫く。
紫光の線は金龍の身体を蝕み蹂躙する。金龍は驚異的な迅さで回避していく。
金龍には分かっていた無数に飛び交う光線は囮だと言うことを。
これはその場に対象者を縛り付けるための儀式。本命は光線が終えたとき現れる。
リドリーに力を奪われているとはいえ、金龍は過半数を耐え忍ぶ。
そして、本命の一撃に対して逃避を試みる。なにせ、儀式は失敗したのだ。
だが―――

「―――グラヴィテーション」

見えない重圧に身体が重くなったのだ。
これではルーファスの攻撃をまともに受けてしまう。
金龍は険相の表情で辺りを見渡す。そこには、私に怯え戦う覚悟すらなかった弱者が杖を構えていた。
ソフィア・エスティードが初めて、杖を構えていたのだ。

ソフィアは聞いていたのだ。ルーファスから紡がれる悲しく温かい物語を。
その語られる物語は彼女に光を与えた。少しだけの勇気の欠片を。
そして、金龍に対し抗ったのだ。

「いやだ…いあ、私は神なのだ、私は……」

金龍は必死に足を奮い立たせ、地面に浮かぶ巨大な紋章から、脱出を何度も試みる。
だが、リドリーの想いとソフィアの想いが金龍を捕縛する。
まさかこんなところで人間どもに寝首をかかれるとは、金龍は屈辱に口を歪めた。

「ルーファスさん、お願い!!」
「任しとけ、すべてを終わらせてやるよ……金龍クェーサー!!」

金龍を狙っていた無数の線が上空に集束し始め、六つの矢となって、金龍の周囲を包囲する。

「神技―――――」

六つの矢は浮かび上がった紋章を発動させる術式。
紋章を囲む全てのものが強大な魔力の奔流に押し流される。
ルーファスの渾身の一撃。神の力を得たことによってルーファスの止めの技は昇華していた。
光の柱が巻き起こる。金龍は飲み込まれる。全てのものを無に還す浄化の光。

「―――――アスタニッシュグリッツ!!」

光を一身に浴びる金龍は怒号に満ちた声を張り上げた。

「何故、私が人間なんぞにやられる、何…故? ぐぁあああああああああ!!」

金龍は乱れ狂う魔力の中、断末魔を上げながらも必死に抗った
身体の感覚はないでも、宿命が彼を突き動かす。
そして、断末魔が消え去ると同時に光の柱は消え去った。

―――浄化完了

+++

そこには、何も無かった。以前と同じように草木が生え渡り、何も変わりはしなかった。
金龍の姿は無かった。必死の抵抗のかいもあって金龍は死ぬ寸前に逃げ出すことに成功したのだ。

「ちいっ、逃げ出したか。でも…あの傷じゃ、半時間も持たないだろう」

ルーファスは倒しきれなかったことに舌を鳴らし、構えていた弓を収める。
悔しい思いに気を悪くするルーファスの硬い胸板にポフと柔らかい感触が当たる。
涙で顔を真っ赤にしたソフィアが抱き付いてきたのだ。
ルーファスは胸板に付くソフィアの胸の感触と温もりに照れながらも、震える身体を支えた。

「おいおい、金龍はもういなくなったんだ。そんなに泣くことないだろう」
「だって、だって……ルーファスさん……ルーファスさんが…生きているんだよ。
 死んだ…と思った……ルーファスさんが……ふぇぇえん」

堰を切ったように、ソフィアは泣き出した。
そして、ソフィアは懺悔の言葉をヒックヒックと子どものように鼻を鳴らし語り出す。

「ごめんなさい、ごめんなさい。恐くて何もできなかったよう。
 皆が必死に戦っているのに、私は何にもできなくて。
 ……足手まといで……皆に迷惑ばっかりかけて、私のせいでレナスさんが、クリフさんが……。」
「……それに関して心配するな。クリフは生きているし、レナスも生きている」
「嘘、レナスさんは……確かに…」

ソフィアは思い出す。レナスの瞳から生気を失うのを。
死が身体を蝕む瞬間を確かに見ていたのだ。

「レナスの生きている。なんせ、俺は…」

ルーファスの体が何の前触れもなく崩れ、膝をつく。
身体を抱いていたソフィアは突如の異変に身を放す。

「レナスの器だからな……」
「それって……どう言うこと…ですか?」

唐突な告白に、ソフィアは呆然とする。
意味が理解できない。目の前にいる人は確かにルーファスさんだから。

「レザードだ、あの野郎が俺の身体にレナスの魂を入れやがったんだ。
 本来なら、俺はレナスの身体だ。だから俺は、この場に発現しているだけの……ただ幻だ。
 俺自身は幻のような存在なんだ。
 へっ、お姫さんの目の前でちょっと、調子に乗りすぎたようだな。
 ……俺はもうじきに消えてなくなる」

ルーファスの言うことが正しいなら、本来ルーファスは封印された存在である。
ルーファスの意識は絶対に表に出ることはない。なぜなら、ルーファスの魂は空っぽなのだ。
彼は死んだのだ。魂は拡散し、散ったのだ。それなら何故、ルーファスの意識が発現しているのか。
その原因は二つ。
がらんどうとなったルーファスの身体に残った残留思念であった。
0.1%も満たない意識の破片が残っていたこと。
もう一つがレナスの魂が覚醒しなかったこと。
そのためにルーファスの支配率がレナスの支配率を上回ったためにルーファスが発現したのだ。
でも、それだけでは、説明しきれないことが、たくさんある。
たった0.1%にも満たない存在が何故、命を吹き返すのか? 身体を支配できるのか?
答えはルーファスの想いが護りたいと思う気持ちが奇跡を起こしたのだ。
―――ドラゴンオーブが彼を突き動かしたのだ。

「幻……ルーファスさんは決して幻じゃありません。
 だって、ルーファスさんは私の目の前にいるもん」

弾ける様に引き締まったルーファスの身体にしがみ付くと、涙がまた溢れ出す。
乾いていたはずの涙が際限なく、零れ落ちる。
目の前にいる存在が幻だとしてもソフィアは離さない。
私に激しい痛みと優しい温もりを与えてくれた。
目の前にいる人は幻なんかじゃない、目の前にいる人は確かに真実だから。

「すまないな、ソフィア……」

ルーファスは泣きじゃくるソフィアを抱き返すと、子どもを宥めるように栗色の髪を撫でる。

「やだよぉ……ルーファスさんが生きていて…嬉しかったのに……。
 二回も死んじゃうことないよう……。
 ルーファスさんがいないと……私…前に進めないよう……。
 恐くて、恐くて、前に進めないよ……ずっと私の側にいて…欲しいよ……」

撫でるたびに、女の子独特の淡い香りが漂う。
ああ、彼女はずっと怯えていたんだなと、直に伝わる。
役に立たない自分に、勇気のない自分に。
だが、違う……お前はもっと、勇気を持っていると、ルーファスは言葉として紡ぎ出す。

「そんことないぜ、ソフィアはよくやってくれたよ」
「えっ!?」
「俺が俺らしくいられたのは、お前のおかげだ、ソフィア。
 お前は優しすぎるから、戦いに躊躇してしまうかもしれない。
 けど、お前は他の奴にはない強い心を持っている」
「でも、私…私は…」
「でも、紛れもなく、闇から俺を救ってくれた。それは真実だ。
 仮初だらけの俺に、お前は 光 を与えてくれた。
 この俺を救ってくれて―――

 ――――ありがとう」

「あっ」

ソフィアは気付く。本当は自分が最初に言うつもりだった言葉。
『ありがとう』という温かい言葉。
ソフィアは自分勝手な自分に気が付く。
私はこんなところでもルーファスさんに迷惑をかけていることに。
そして、私がルーファスさんに本当にしなくてならないこと。

「私こそ…『ありがとう』…ルーファスさん」

ソフィアは必死に泣くのを抑え、優しい笑顔を見せる。
それは、ルーファスが求めていた柔らかく光に満ちた笑みだった。
それこそが、彼女の強さだった。ルーファスはこれを彼女に教えたかったのだ。

「ふ、お姫さんはそうじゃないとな……」

満面の笑みを見ると、ルーファスの意識は薄れていくが分かる。
お別れの時は刻々と近づいてくる。
ルーファスは最後のお別れだ、と指に嵌めていた指輪を外し、適当に見繕ってネックレスのようにする。
ミュリンの指輪のネックレスを作ると、ソフィアに首に掛ける。

「そろそろ、お別れのようだな……俺はもう消えてなくなる。
 けど、これから辛いことや苦しいことがお前を襲うかもしれない。
 だから、もしその痛みに挫けそうになったら…そのネックレスを見てくれ……。
 俺は何時までもお前を見守っている。それを忘れないでくれ。
 ……あと、その指輪の指はアリーシャのものだから、絶対に嵌めるんじゃないぞ。
 アリーシャに嫉妬されるかもしれないからな……。
 ははは、嫉妬するアリーシャか……ちょっと見てみたいな」

頬を綻ばせルーファスはソフィアに想いを伝える。
そんなルーファスの真摯な言葉にソフィアはうんうんと頷く。
ソフィアは泣かないと決意していた、笑顔を絶やさず作っていた。
でも、涙が溢れる。本当はとても悲しいのだ。けど、そんなそぶりは見せていけない。
安心してルーファスさんを送り出すそう決めていたじゃない。

「へ、もう見せてもらったぜ………。
 ソフィア、辛かったら、泣いてもいいんだぜ。
 無理して、感情を抑える必要はないぜ。
 十分俺は見せてもらったから、お前の強さを」
「無理…してないもん…私……無理してないもん。
 笑って…ルーファスさんを……送り出すと…決めたもん……。
 私、泣いてないもん…目から出ているのは涙…じゃないもん……。
 こころ……の汗だもん…ひっく、ふ…ぃっく……う…ぇぇえん、え…ええん」

プルプルと小鹿のように震える。感情が溢れ出す、悲しい感情が。
そして、決壊する。抑え切れない激情として爆発する。

「ルーファスさん、あり…がとう…ほんとにありがとう……。
 私、頑張るから…絶対にあきらめない。絶対に諦めないよ…うわあぁぁん」
「ああ、知ってるよ…お前は強い……この俺が保障する」

ソフィアは温もりを感じたくて、ギュッとさらに強く抱きしめる。
本当に危なっかしい奴だなとルーファスはため息を付く。だが、それは不快でもなく心地よかった。
妹がいるってこんな感じなんだなと、心地よさに身を寄せる。
アリーシャに怒られねえかなと、内心冷や冷やしていたが、そんなアリーシャも悪くないなと笑った。
それに、そろそろルーファスは意識が消えていくのが分かった。

「そうだ、重要なことを言い忘れるところだった。
 レザードには気をつけろ、アイツは別の何か企んでやがる……。
 絶対にアイツに心を開くな。アイツは危険だ。このドラゴンオーブを狙ってやがる。
 絶対にこのオーブを他人に奪われるな!
 そして、信用できる奴にしかそれを見せるな…約束だ…。あまりに…も強大」

ルーファスはそう言い切る前に崩れ落ちた。

「ありがとう、ソフィ…ア」

ソフィアは崩れ落ちるルーファスを抱き上げると、彼はもう眠っていた。
静かに眠る彼を見ると、ソフィアは涙腺が枯れるまで泣いた。
その涙を強さに変えるため、無我夢中に泣いた。

ソフィアの手に握り締められたオーブが揺らぐ。
ソフィアはまだ知らない。
四宝ドラゴンオーブが世界を崩壊させるほど力を有していることを。
それを開放すれば、対象者の魔力を爆発的に増幅させる代物だということを。
ドラゴンオーブが。この殺し合いの舞台からの脱出の手がかりだということを。

そして、ソフィアは知っている。
このドラゴンオーブと酷似している物を見ているとことを。
それはソフィアの世界ではオーパーツと呼ばれていることを。
まさにそれがルシファーのいる空間に繋いだ聖珠―――セフィラに瓜二つだということを。

ソフィアは掴んだのだ。ルシファーのいる舞台に繋げるための鍵を。
だが、道のりは遠い。それはあまりにも強大すぎる代物。
レザードのような、ロキのような輩がその力を欲しているのだ。

ドラゴンオーブに魅入られたものは、まだいない。
けど、確実に――――

+++




前へ キャラ追跡表 次へ
第103話(2) ガウェイン 第103話(4)
第103話(2) クリフ 第103話(4)
第103話(2) レナス 第103話(4)
第103話(2) レザード 第103話(4)
第103話(2) ソフィア 第103話(4)
第103話(2) リドリー 第103話(4)
第103話(2) ルーファス 第103話(4)
第103話(2) チェスター 第103話(4)
第103話(2) アシュトン 第103話(4)
第103話(2) ボーマン 第103話(4)
|