レインディアーズの本部ビルにある教会には、週に一度ちゃんとした司祭がやってきて説法をしたり、人々の神への懺悔を手伝ってくれたりする。
 ただでさえストレスの多い仕事だから、その役目は意外と重要だったりする。
 誰もいない教会の列を作る椅子に座って一人ぼおっとする少女を抜けたばかりのような若い女司祭に俺は冷たいコーヒーの入ったグラスを後ろから忍び寄って差し出した。
「お勤めご苦労さん」
「け、健太郎さん?」
 赤みの強い褐色の髪は今日も重力に逆らうようにくしゃくしゃで毛先はあっちへこっちへハネている。白い肌は少し汗ばみ、疲れているのか頬も赤い。確かに司祭の服というのはかなり暑そうだし、重そうだ。
「今月から新しい司祭がきて、しかもそれがお前だっていうから顔を見にな」
 驚いてなかば立ち上がった少女をジェスチャーで座らせ、俺もその隣に回り込んで座った。
「……あ、ありがとうございます」
 癖毛の女司祭――ルディはぎこちなさそうにコーヒーを受け取った。
「でも、大丈夫なんですか? お仕事のほうは……。いろいろ、あったって聞いてますケド」
「ん? あぁ……。まあ普通じゃないな。ステタルがあんなことになって、セリアが連絡つかず。けど、友達の出世を祝わないほど俺は冷淡じゃないし忙しくない」
 そう言うと、コーヒーのカップを足元に置くルディの瞳に何かが宿るのを見た。
「ありがとっ! ケンちゃん!」
 不意にかかる少女の全体重に俺が勝てるはずもなく、押し倒された。
 ルディが上に乗っているという恥ずかしさよりもまず椅子からずり落ちて背中を石の床で強打してすごく痛い。
「ケンちゃん大好き!」
 一気に「ド」から「ファ」くらいまで上へ変化した声域。恥ずかしいより胡散臭いという気持ちが先行する。そして痛い背中。
「エルドラド、とりあえず背中が痛い」
 ルディをどかし、おれは体を上げた。
 ルディの雰囲気は何もかもが変わり、おとなしそうな少女から活発な少女へと変化している。
 彼女にはもう一つの人格がある。信じられないが、この正反対のようすをみれば一目瞭然だ。
「ちぇ、ばれるの早くなったなあ」
 ルディ改め、エルドラドはつまんなさそうに椅子に座りなおすと俺も椅子に座りなおした。まだ背中痛い。
「昔は僕だってわかんなくてずっとおどおどおろおろしてたよね? ケンタロー、反応が面白いんだもん。ついついいじり倒したくなっちゃう」
 やたら高かった声を戻したエルドラドは俺の左腕に抱きついて肩に頬擦りした。まるで猫のようだ。野良猫に懐かれても困る。
「……ケントさん?」
 さっきまでが例えば近所の野良猫にコーヒーを餌付けして懐かれている瞬間だとすれば、今まさにこの瞬間は何かしらの気の迷いで猫に「にゃー」と話しかけたまさにその瞬間を同僚にみられてしまったという感じだ。
 真後ろに立っていたのは美しい長い銀髪に翠色の瞳をした長身の女だった。
「アイリーン……さん……?」
 つい敬称をつけてしまう。
「職場に居ないと思ったら、神の家でニャンニャンですか……」
 ニャンニャンって言葉は古いとおもう。だがそれを口に出すような精神的余裕は無い。あと背中が痛い。
「古い女で申し訳ありませんね」
 その口調は極めて丁寧だが響きは冷たい。というかなぜ思ったことを……
「ケントさんはわかりやすいんですよ。それでは――」
 アイリーンは踵を返して教会から出ようとする。
「さ、ケンタロー。邪魔者は消えたみたいだし一緒に旅してまわったころの思い出を語り合おうよ。あの熱く激しい夜の話を……」
 視界の隅でアイリーンが立ち止まるのがわかった。その肩はふるふる震えている。
「ま、まて。勝手に話を捏造するなっ」
 エルドラドの頬擦りは止まらない。
「へぇ? その話、私も聞いてみたいなぁ」
 いつの間にか俺の隣に座ったアイリーンが笑顔で右手に手を回し、その、柔らかいものを押し付けてくる。
「おばさん、おっぱい使うなんて反則だよ。ねぇ、ケンタロー」
「うふふ、最近の子供はなに言ってるかわからないわ。ね、ケントさん」
 こうして二人は俺を挟んで口論を始める。サンドイッチだ。じゃあ俺は具か。


「両手に花……。ゴクリ……」
「エマさんなにやってるの?」
「うわぁ! て、テルミくん? こ、子供は見ちゃいけませんっ」
「エマさんなに言ってんの……」