暗闇の中でひっそりと息をひそめるのは一体の英霊機。暁王子とこルシファーだ。
 それが跪く斜め後ろには黒いテントがあった。その中で戦士たちは最小限の焚き木で最後の打ち合わせをする。
「わが軍の撤退は完了しました」
「そうか。では、お前たちも撤退を」
「はっ」
 テントの中の兵士たちはすでに用意していた荷物を抱え、去っていく。
 逃げたかったわけではない。自分たちが早く逃げなければ作戦が遂行されないからだ。
 十分もして誰も居なくなったテントの中、アサ王は安楽椅子に腰かけ嘆息した。
「テンシン……」
 戦いの嫌いな彼女の死は、結果をして戦いを生み出した。
「これで、終わりにしよう」
 不意に、背後に気配が生じた。アサ王が立ち上がり、振り返ろうとした瞬間、衝撃があった。
 左肩に何かがぶつかった。
「フウゴウ。準備はもう万端なのか」
 アサ王の左腕に抱きつくのは裸身の女だった。
 肌は真珠のような光沢をもち、また程までしかない髪は七色に輝いている。誰もがこの女を見れば作り物と思うだろう。
 事実、彼女は人間ではない。
 ウリエル植民市の中にある非公式な市場には、市場で取り扱ってはならない英霊鉱を扱う場所があるという。
 そしてウリエル植民市の旧貴族たちは英霊鉱に不老不死の効能があると信じてそれを体に埋め込む。
「おいおい、こんな美少女が抱き付いてるっていうのに、戦いの心配しかできねぇのかよ?」
「あいにく俺は心に決めたひとが居るのでね」
「一途だねぇ」
「それはどうも」
 フウゴウはウリエル旧貴族の出だ。アサ王の猛攻を恐れ、死を恐れ、一家全員で英霊鉱を体に突き刺した結果、彼女だけが生き残った。
 しかも、その後すぐ賊に入られて各地を見世物として売り飛ばされ回された結果、鬱憤がたまりどういうわけか英霊鉱が彼女の体内で溶け、英霊機に変化する能力を得てしまった。
 その後ウリエル残党とともに明星の国と戦ってきたがアサ王と戦って負け、軍にスカウトされたのだ。
「ったく……」
 残念そうにアサ王の腕から離れたフウゴウが頭を掻いた。英霊機となる時に服を着ていると毎回毎回服がダメになるので、彼女は戦闘の前になるとそこに誰が居ようと服を脱ぐし、過去の経験から彼女自身そう言うことに対する羞恥心が薄れているようだった。
「いいかい、キング。あんたは、あたしが殺すんだからな。絶対死ぬんじゃねえぞ」
「同じことをお前に言ってやりたいな」
 フウゴウは戦いに参加し、功績を上げればアサ王に正式な決闘を申し込むことができる。そこでアサ王を斃すことが、彼女の目標であるという。
 アサ王は焚き木の火を調整した。もう少し暗くても大丈夫だろう。ファントムにみられては面倒なことになる。
「……なんだ?」
 焚き木を調整し、見るとフウゴウがなにか言いたそうな顔でこちらを見ていた。怒っているような、泣いているような顔だが部屋が暗くてよく見えない。
「もぉいいよっ。せっかく人が心配してンのに。ランファはよくあんたみたいなのと上手くやれたもんだぜ」
 フウゴウはそういうとテントから出ていった。その後姿をアサ王は不思議そうな顔で見送った。
「?」


「あぁ、もう……」
 テントから出たフウゴウはルシファーの隣に立ってその装甲を撫でた。
「お前のご主人様、ニブすぎるぜ」
 ルシファーはちいさな唸りを持ってそれに応えた。
「へへっ。ンなわけぁねぇだろ。絶対にあたしを見せつけてやんぜ」

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最終更新:2011年08月13日 20:30