けだるい午後。未調整のコックピットに乗って、操縦桿を握りながら私は技師に細かくシートの調整を頼んでいた。
 おおまかな調整はシートの方が自動でしてくれるけれど、細かい部分は人の手に任せるのが良。
 12時が過ぎてから2時間ほど調整が続き、ようやくひと段落したところで私は技師たちと休憩をはさむことにした。
 ドックのなかにある簡単な円卓とイス。各々が好きに過ごす。
「悪いわね、みんな」
 私は左目に眼帯をつけながらコックピットの横に備え付けられた階段を下りた。
 固い床は振動を跳ね返して骨に響く。
「なにがです?」
 初老の男性が私に訊き返した。
「レインディアーズで、こんなに調整に時間かけるのって私くらいじゃない?」
「ほかの皆さんが早すぎるんですよォ。軍のパイロットはみんな一日くらい調整に費やしてましたよ、時代や時期によりますがね」
 彼は御蓮軍の基地で働いていて、そして最終反乱のあと職を失ってしまったという。
「そうよね。……ちょっと安心した」
 私がテーブルの上に置いたペットボトルの水を一口飲むと、ドックの入り口に人影が見えた。
「……あっ」
 周囲の作業員たちが私を見る。
 そこに居たのは、アイリーン・サニーレタスとウィノナ・サニーレタスだった。
「ごめん、みんな。今日はもうとりやめ。別の仕事がある人はそっちに、無い人はもう帰っていいよ」
 私がドックのすみに投げ捨てた御蓮軍時代から使ってるカーキ色のミリタリーパーカを羽織りながら言うと、作業員たちはけらけら笑う。
「え? なに?」
「いや、いつ言いだそうか悩んでました」
「……早く言ってよ」
「片付けはおれたちに任せて早く行ってください」
「じゃあ、お願いね」
 私はそう言うとアイリーンとウィノナのもとに駈け出した。

   ***

 バンの中に、五人。
 ――助手席。金髪が色褪せても、おそらく知らないものはいない英雄――マキータ・テーリッツ。持ち込んだドーナツをもしゃもしゃ食べ、一言。
「食う?」
 ――運転席。銀色の長い髪と色の薄い翡翠のような瞳の女性――アイリーン・サニーレタス。マキータの差し出したドーナツと言葉を無視。
「いただきまーす」
 ――私の左隣。黒髪にブラックコーヒーのような甘さのない顔付きの長剣を抱えた好青年――蓮田 健太郎。マキータのドーナツをもらう。
「……ねえ、テルミは?」
 ――私の右隣。銀色の長髪に空色の瞳。誰も近寄ろうと思わない独特の雰囲気の女性――ウィノナ・サニーレタス。ちょっと不機嫌そう。
「テルミは成人してないから無理なのよ」
 と、アイリーン。え、そういう選考基準なの?
「それに――」
 彼女は隣のマキータを親指で示し――
「――知らない人はいない英雄」
 次に、アイリーンはアイリーン自身と健太郎とウィノナを指す。
「――ファントム」
 最後に、私を指差した。
「――で、アームヘディアン。脅すにはちょうどいいメンツだと思って」
「……脅しに行くんじゃないよね?」
 実のところ私も行き先がどこで、どういう目的なのか聞かされてない。
「天連の政府庁の支部に行くのよ。独立法人化の申請をしにね」
「……ついこの間、襲撃されて政府に解散命令を出された私たちが?」
「そうよ」
 ミラー越しにアイリーンと目が遭った
「政府が受理するわけないじゃない」
「受理されなければ無視すればいいのよ」
 にこりとアイリーンは笑う。
 私はこめかみを押さえた。
「……ヤな予感するなぁ」
「予感が的中したほうが私は楽だけどね」
「剣呑だなぁ……」
 目の前に、一本の摩天楼がみえてくる。
 私たちの乗った車はそのビルの地下駐車場に入り、ほどなくして最上階の会議室に通された。
 会議室はだだっ広く、マキータとアイリーンだけが長机につく。政府側の人間はまだあらわれていない。
「たちっぱかあ……」
 私が言うと、アイリーンは無言で振り向き、しゃがめのジェスチャーをした。
 わけもわからずしゃがむと、彼女はどこから取り出したのか色褪せた御蓮正規軍のベレー帽を私に被せる。
「ふふ、歴戦のアームヘディアンにしか見えないわ」
「あんまり戦場経験はないんだけどね」
「あら、そうだったの?」
「5年も無いよ、たぶん」
「そうなの」
 よくよく見ると、ウィノナも健太郎も血糊がついていたり、妙に威圧感を与えるコスプレになっていた。
 そしてなぜかマキータは黙って腕組みをしている。
「マキータ、そうしてるとほんとに歴戦の戦士だね。ドーナツおじさんには見えないよ」
「でしょ」
 得意げにアイリーンが言った。お前の指示かよ。
「黙ってるだけでドーナツ10個とは安いぜ」
 ぼそり――マキータ。
 と、そこで一番奥の扉が開き一人の中年の男が現れた。
 私と健太郎とウィノナは壁際に立ち、アイリーンとマキータは座ったまま前を向きなおす。
「どうも、はじめまして。今回あなた方の申請を担当します、小沢です」
 アイリーンが立ち上がり挨拶をしようとすると、小沢は手で制して吐き捨てるように言った。
「結構です」
 私から見たアイリーンの影が鋭く光る。
「簡潔に、結論から述べさせていただくと申請は却下となります。詳細はこちらの封筒に」
 小沢はテーブルの上の大きめの封筒を一瞬だけ私たちに見せるとすぐにテーブルの上へ置いた。
「なるほど」
「なにか、ご質問は?」
「ありません」
「ではこれで――」
「――無視。すればいいだけですから」
 小沢が席を立ちかけた瞬間、アイリーンが言う。
「……は?」
「そうでしょう?」
 彼女がにやにや嗤っているのが背中だけでわかった。
 小沢はゆっくりとため息をつく。
 ――と同時にどたどたと機関銃を持った数十人の兵士が会議室内に入ってきた。
「ベタだなぁ」
 つい私が呟いてしまうと、隣にいた血糊だらけの健太郎がからから笑いながら私に同調する。
「たしかに」
「そういうものなんですか?」
 アイリーンによって両目がパンダのようになっているウィノナが言った。
「ファントムに銃弾が効かないと言っても、数百、数千発ぶちこめば問題ない」
 緊迫した空気ではあったが、何とかなるだろう。とアイリーンをみて思う。
 こいつが、打開策を考えてないはずはないのだ。
「総員用意!」
 小沢が叫ぶ。慣れてないのか声が裏返る。
 それを見て、くすくすとアイリーンが笑い――兵士たちが引き金に指をかけ――アイリーンが指をパチンとならす。
 ――瞬間、会議室の壁が吹き飛び、その爆風で兵士たちが吹き飛ばされると同時に私たちと兵士たちを遮るようにアームヘッドの腕が飛び出てきた。
「行くわよ」
 健太郎がマキータを抱きかかえ、私をウィノナが抱きかかえたと同時にアイリーンが先頭となって開いた壁の穴から飛び降りる。
 風穴を開けたアームヘッド、《アンティテラ》は追撃が来ないよう兵士たちを威嚇した。
「こんな作戦かよぉ……」
 私をお姫様抱っこするウィノナがきょとん、と小首を傾げる。
「知らなかったの?」
「うん……」
 地面に激突する手前、人間型ファントムたちは簡素なパラシュートを開き、私たち五人は若干の衝撃がありながらも着地した。
「いてえ」
 目の前には五台のアームヘッド輸送機があり、それぞれの機体が並ぶ。
「旬那、いくわよ」
 余裕しゃくしゃくと言った感じでアイリーンが言った。
「はー、しゃーないっすなあ」
 私は襲撃の際に大破した《スーラバー》に変わる新たなアームヘッド、《クロスロード》に乗り込む。
 先ほどの作業員たちのうち何人かがにやにやしながら《クロスロード》の隣に居た。
「調整は殆ど仕上がってますぜ。違和感があるかもしれませんが、我慢してください」
「……あんがと」
 ハッチを閉め、左目の眼帯を外し私は《クロスロード》のOSを起動させた。
「奪われ奪って奪い返して。人生こんなもんかねーっと……」
 指をストレッチさせ、操縦桿を握る。
「レインディアーズ、ナンバー31。芳田 旬那、クロスロード出ます」
 モニターには十数体のアームヘッドと同規格のファントムが表示された。
 私の周囲にはマキータの繰る《ゾディアークAA》。――アイリーンの《アスモデウス》。――健太郎の《オルタナティブサムワン》。
 少し離れてウィノナ――と、テルミの《マイティラバーズ》が居た。
 さらに上空から空条の《アンティテラ》も降り立った。
「ウィノナ、よかったじゃん。テルミと一緒で」
『よかった!』
 私が茶化すと、本当にうれしそうにウィノナが言う。
『ん? テルミ、顔赤い。風邪?』
『っちょ、ウィノナ、顔近っ――』
『どうしたの』
 嗚呼、いちゃいちゃがはじまってしまった。しまった。
 そして、それを遮るように無線と外部連絡用のスピーカーを通してマキータが言う。
「これより、我々レインディアーズは、何者からの干渉も受け付けない非政府組織として活動を始めることを宣言する」
 じり、とファントムたちがにじり寄った。
「えー、さらに、ヒリングデーモン幹部ロバート・ラスター様、グランジ“キング”ことデイブ・グロリア様より祝電を預かっております」
 あの二人はヒマなのか?
「ですが、時間の都合上割愛させていただきま――」
 いまだと思ったのかマキータの《ゾディアークAA》にファントムが襲い掛かる。と同時にアイリーンの《アスモデウス》から発射されたレーザーがファントムに穴をあける。
 ――それが開戦の合図だった。


「帰ったらドーナッツくお」

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最終更新:2014年10月15日 23:43