曇天の下で唸りを上げる巨体がある。茜色の装甲で覆われた、全長5mへ達する鋼鉄の巨人。
 プロトデルミス製の堅牢な鎧を着込む雄々しいアームヘッドだ。
 角張の目立つ屈強の外装は城塞を想起させ、左右の腕に取り付けられた巨大なドリルが破壊の権化を思わせる。
 螺旋回転する腕が、地上へ向けて押し出された。空気を暴力的に掻き、壮絶な威力を伴い突き進む。
 その狙う先には、一人の女性の姿があった。
 翠の長髪を風に靡かす、迷彩柄のコンバットスーツを着た女。褐色の肌は美しも随所へ傷痕があり、右腕に至っては無機的な鋼で組まれた異形。
 20代前半だろう年若さに反して、鋭い双眸へ燃える光は苛烈な憎悪。凛と澄んだ麗貌は憤怒と殺意に塗れ、相対する巨人を睨み据えている。
 その所業から『アームヘッドを殺す者(デストネイター)』と呼ばれる女。

 彼女を打ち砕かんと繰り出されたドリル腕が、一気に突っ込んでくる。夥しい圧を乗せた剛腕。だが女性はその到達を待ちはしない。
 勢いよく迫る螺旋掘削の攻撃が届くより早く、自ら前へと駆け出した。恐れも迷いもない。履き古された軍用ブーツで地盤を蹴り、前方目掛けて軽やかに跳ぶ。
 異様な機械の右腕には、自身の身の丈へ及ぼうかという剛剣が握られていた。磨き上げられた肉厚の巨刃が鈍く輝く。
 手中の剛剣を正面へ向け、突きの構えで彼女は走る。爛々と燃え滾る瞳に巨躯を映し、怨嗟交じりに吐息を捨てた。

「アンタで377体目」

 呟きの終わりと、彼女の敵脚部への到達は同時。分厚い刃が素早く突き出され、速度と膂力の合わせで直走る。
 茜色の脛装甲へと一撃が届き、鋭利な先端は衝突した。刃と装甲の接触面で火花が散り、互いに抵抗感が発生する。
 だが拮抗は一瞬。
 次には女性の押し出す剛剣が遮りを破り、アームヘッドの防衛装甲を刺し貫いた。巨大な破力が発散され、一気に奥へと減り込んでいく。

「ぐがっ!小娘ぇぇ!」

 脚部の損傷がアームヘッドの怒気を招く。
 攻撃的な忌声が降る中にあって、女性は微塵も怯まない。

「スレイヤー開放!」

 彼女が声高に命じると、巨人に刺さった状態で剛剣が動いた。
 肉厚の刀身が上下に割れ、周囲の硬材を切り裂いて二股に分かれる。

「バースト!」

 続けざまに告げれば、二分された刃の合間に蒼光が発生する。
 可変武装であるスレイヤーの形態移行した砲身間で、テトラダイ粒子の凝縮反応が始まった。電荷帯びて高エネルギー化を果たす粒子が、柄の内部に埋設される集束機関で急速生成されていく。
 収斂放射された破光は蒼い輝きを発しながら膨張し、僅かな間を置かずに炸裂した。一極化された力の爆発によって蒼炎が噴き、凄まじい衝撃が轟雷の響音と共に拡散する。
 溢れる熱爆を内側で直撃され、アームヘッドの脚部が脛下から粉々に砕け散った。
 広がる熱波に翠髪を激しく揺らし、噴き立つ蒼を見詰める女性の瞳がギラリと光る。

「ぐおぉ!脚がァッ!」

 片脚の爆散によってバランスを崩し、アームヘッドが膝をついた。
 巨体の傾ぎに土煙が舞い上がる。

「我等に喰われるしか能のない消耗品の分際で、図に乗るなァッ!」

 赫怒の雄叫びを上げて、アームヘッドが左腕を振り下ろしてきた。
 ドリルの腕が真上から、女性を叩き潰すために猛然と落ちてくる。
 これに対して、彼女は右腕を振り上げて応じた。二股に割れた砲身が再び一つとなり、剛刃を形成してドリルを真っ向から迎え撃つ。

「ハァッ!」

 気合一声を謳い、女性の腕動がスレイヤーを走らす。直上から襲い来た螺旋と剛剣がぶつかり、互いの進行を堰き止めた。
 降り押すアームヘッドの腕と、圧し昇る女性の機腕。双方の力が拮抗し、得物越しに鍔迫り合う。刃とドリルの接触点では、眩い火花が散り、鬩ぎ音が重く軋む。

「馬鹿な、ありえん!いかに同胞の腕を使っているとはいえ、人間の雌と我の力が互角だと!?」
「理由が知りたいか。なら冥途の土産に教えてやる。私とこの腕の間に結んだ調和能力。それが答えだ」

 驚愕を零すアームヘッドへ、女性は強視の睨みで言い送った。
 言葉の折に微少ながら、彼女の腕が上へ進む。

「調和だと?」
「私の調和は『緋神遁隴』。感情の昂ぶりを機体出力へ計上する。私がこの調和にくべている物は、アンタ達への怨み、憎しみ、殺意!」

 両目を見開き、荒々しい息を吐き付け、女性が吼えた。
 その瞬間、右腕が内奥から駆動の唸りを上げ、更に上へと押し上がる。アームヘッドのドリルを圧倒し、スレイヤーの剛刃がジリジリと進んでいく。

「アンタ達アームヘッドがいる限り、私の呪怨は増し続ける。調和はこの負念を燃料に、揮う力をより強く、より大きく、より烈しく高めるのよ!」
「う、ぉ、こ、こんな馬鹿なァ!?」

 アームヘッドが狼狽の声を漏らす最中、スレイヤーが一気に振り抜かれた。
 対抗していたドリルが剛剣の壊力に屈服し、押し切られるや粉砕される。分厚い刃の一閃に、アームヘッドの武腕が負けた。砕ける腕に巨体がよろめき、大きな隙が其処へ生じる。

「スレイヤー、スラスターON!」

 即座に女性が命じ、武装が従う。
 愕根の開口へ伴い格納されていたブースターノズルが突出し、内部機関でテトラダイ粒子をプラズマ化。発散されたエネルギーが蒼い炎となって噴射され、爆発的な推進力を発揮した。
 これを右手に握る女性の体が浮き上がる。スレイヤーの生み出すパワーへ引き摺られ、空中へと高速で飛翔していく。アームヘッドの脇を抜け、鋼の巨体よりも高い位置へ舞い至る。
 眼下に茜色の背中を捉え、彼女は手動操作でブースターの点火を止めた。浮力を失い落ちる先、狙い向かうは首の筋。

「貴様、何をする気だ!えぇい、離れろ!」
「色々なアームヘッドを見てきた。そして戦い、倒してきた。だから分かるのよ。そいつの何処にアームホーンが隠されているのかね」

 アームヘッドの後首に着地して、女性はスレイヤーを振り被る。
 鋭利な切っ先を機体側、下方へ向けて見定めた。

「ふざけるな!人間など我等の足元にも及ばん脆弱な種ではないか!この星の支配者であるアームヘッドに、貴様等のようなゴミが逆らうなど、許されはせんぞ!」
「そう、アンタ達はアームヘッド。人間を襲い喰らう害悪。人に仇なすアームヘッド殺すべし!」

 茜色の装甲を揺すり、巨人が上体を捻る。体に乗った敵を振り落とそうとするが、彼女の反攻速度はより速い。
 暗鬱とした怨嗟を込めて叫ぶ中、右腕と共に剛剣スレイヤーが突き出された。一息に奔る剣軌に歪みはなく、アームヘッドの首下装甲へ勢いよく食い込んだ。
 遮る防装を無理矢理に突破して、スレイヤーは機体内部へ貫き沈む。容赦ない一撃は深々と先へ進み、内奥に秘められたアームホーンに到達した。

「ギザマァァァッ!」

 アームヘッドの絶叫が迸る。
 耳に聞き受ける女性は陰惨な笑みを浮かべ、更に力強く巨刃を押し打った。
 スレイヤーがアームホーンを貫通し、湛えた機能を絶命へと誘引する。
 必滅兵器としての役割が、アームヘッドの魂魄を断裂した。その途端、巨体の全身が無数の水疱状に膨れ上がり、急激に肥大化を果たす。醜く変容した躯体は程なく、空気を入れ過ぎた風船の如く内側から爆ぜて散った。
 粉微塵に砕け果てるアームヘッドだったモノ。その数え切れない残骸が漂い落ちる渦中で、足場を失った女性は焦る様子もなく軽やかに大地へ降り立つ。
 それに伴い握る巨剣を宙へと放り、右腕を払って側面部へと接合した。
 標的を撃破した直後だが、勝利の余韻も達成感も面貌には宿っていない。

「次だ。次のアームヘッドを、殺す」

 憎悪と殺意の滾りを両瞳に燃やすまま、女性は荒野を歩き始める。
 澱んだ欲動は濃い翳りとなって後ろ背を染め、おぞましく近寄り難い妄執が不穏に薫る。安寧とは無縁の姿は吹き荒ぶ砂塵に霞み、暴虐の威を右腕に掲げた旅路は、まだ長く終わる気配もない。
 そんな彼女へと、背後から一台のジープが近付いてきた。
 ジープは横を通り抜け、半弧を描くと、進路を塞ぐように停車する。運転席に座っていたのは、以前、女性に助けられた男だった。
 彼は助手席のドアを開けて、女性へと語り掛ける。

「何処へ行く気か知らないが、歩いてちゃ日が暮れる。俺が足になるから乗っていけよ」

 女性は男を一睨みして、何も言わずに乗り込んできた。
 ドアが閉じられると同時にエンジンが噴かされ、ジープは荒涼とした大地を走り出す。

「それで目的地は?」
「どこでもない。アームヘッドの居る所よ」
「そうか。急ぎの用じゃないなら、小休止も必要だ。少し行った所にシマホッケしゃぶしゃぶ倶楽部がある。目玉のシマホッケしゃぶしゃぶが食えるかどうかは運次第だが。腹ごなしして行こう」

 男は女性の意見を聞く前に、ハンドルを切るのだった。

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最終更新:2016年10月06日 22:38