高出力レーザーは敵機の胸部装甲を斜めに貫き、一撃で真後ろまで突破した。
 機体の備える焦点温度を超過する熱量が、護り立つ防壁を溶断し、抵抗を許さずに掘り進む。
 物質に依らないエネルギーの塊は、射出元の機能が為に減衰もせず、堅牢な筈の護りを炙り焦がして焼き通してしまう。
 一閃に貫通された無人機のモノアイは光を失い、同時に機能を停止した。
 破損された内蔵機関の中で、小型アームホーンもまた沈黙を遂げた証左である。
 支配するものが掛ける手綱が絶え、指向性を喪失したテトラダイ粒子は、アームヘッド稼働の役割を外部発散に転化した。
 制御を持たない粒子の膨張と暴走を止めることなど出来ず、発生した衝撃に煽られるまま、壮絶な爆発を誘引する。内部からの激震に無人機は飲まれて燃え盛り、爆音へ包まれて落下に終わる。

『全機撃墜を確認。機体損耗なし。流石だな』
「この程度、造作もない。あんな安物の無人機を幾ら倒したって自慢になんてならないわ」

 炎上して墜落していく自律機体をモニターに見ながら、リィンは詰まらなそうな吐息で返した。
 少女の麗貌には喜びも達成感も浮いていない。口にしたのは謙遜ではなく、率直な感想だった。
 そんな彼女へ向けて、オペレーターが送る声には仄かな称賛が宿される。

『いいや、素人ではこうもいかん。勝利を誇れぬほど易く感じるのは、それだけお前の実力が高まっているからだ』
「そうかしら? あんまり実感はないけど」
『傭兵を始めたばかりの頃とは比べものにならんぞ。お前は着実に強くなっているさ。自信を持つことだ』
「……まぁ、毎日色んな戦場を駆けずり回ってれば、嫌でも戦い方は分かってくるものだけどね」

 オペレーターの言葉へ微笑を刷き、リィンは小さく肩をすくませた。
 張り詰めていた空気が一部弛緩し、17歳の少女らしい柔らかな雰囲気が零れ出る。
 だがそれも一瞬。
 次には両瞳へ強健な戦意を漲らせ、左右に開かれている六つの小型モニターを素早く視読する。
 表示中の自機情報並びに武装データを一括で把握すると、視線を再びメインモニターへ。
 正面の大画面に展開されたるは、無遠慮な暴威に曝された眼下の街並み。
 エクセレクターの頭部センサーが観測し、バイザースリットに並ぶ複列アイカメラが取得する直映像。
 無人機を屠ったことで新たな破壊は勢いを弱めたが、依然として爆炎の発生は止まっていない。
 スリット内のカメラが明光を走らせ、動体反応へピントを合わせた。高高度からズーム処理を行い、モニターに拡大して映したのは、巨大なグレネードキャノンを撃ち放つ人型機動兵器の姿である。

「前哨戦はここまで。これからが本番ね」
『敵勢アームヘッドは1。無人機の運用がお粗末だからといって、パイロットの技量がそうとは限らん。それにパイロットがおり、アームヘッドと適合している以上、アウェイクニング・バリアーが発生していることは明らかだ。注意していけ』
「勿論、わかってるわ」

 オペレーターの忠告に頷いて、リィンは操縦桿を的確に繰る。
 両腕を引きつつグリップは回し、配置されるボタンをタイミングよく押し込んだ。
 パイロットの操作は直接に機体を従わせ、エクセレクターの両腕がそれぞれ機体側面部へと向かう。
 次いで握り持つアサルトライフルとレーザーライフルを脚部のフレーム外面に宛がい、ロッキングコネクトに接続した。
 二挺の重火器は左右脚部に提げ付けられ、これを放した十指のマニピュレーターは空手となる。

 アウェイクニング・バリアー。
 別命として『覚醒壁』とも呼ばれるそれが、アームヘッドを他の発掘兵器と一線画す存在に位置付ける要因の一つだった。
 機体周囲に発生展開される斥力場領域で、範囲内に侵入した攻撃の威力を軽減、或いは無効化する特殊な防御機構を指す。
 出力や展開範囲には機体毎の差こそ出るものの、この障壁は一般兵器の弾丸などを軒並み無力化してしまう。
 このため戦車や戦闘機といった発掘兵器の攻撃はアームヘッドに有効打を与えることが叶わず、逆にアームヘッドからは一方的な攻撃が通る。
 アームヘッド自体が様々な武装を状況に応じて使い分けられる汎用性、高度に三次元的な活動を行える機動力、そして強固な防御フィールドであるアウェイクニング・バリアー。これらが揃い、アームヘッドを最強戦力足らしめていた。
 ただしアウェイクニング・バリアーにも弱点はある。
 運動エネルギーの大きいものほど、威力の軽減が難しくなること。
 移動速度の遅いものへ対しては瞬発的な効果が発揮されず、緩慢ながら比較的突破を許しやすいこと。
 炎や爆風など、流動的な攻撃手段に対しては総じて効果を発揮し辛いことだ。

「レーザーライフルなら突破も出来るだろうけど、さっきの戦闘で出力が落ちちゃったわ。安定した威力を出すには倍のチャージ時間が必要だし、今回は控えにしといた方が無難ね」
『射撃武装が効果的でない以上、アームヘッド同士の戦闘は近接武器を使った白兵戦となる。下手に一撃を食らえば、それだけで戦闘不能となりかねないぞ』
「それは相手も同じこと。条件事態はイーブンでしょ。なにより、私はこっちの方が得意だしね」

 リィンは不敵に笑い、右手の操縦桿グリップからボタンへ指を走らせた。
 一定順序でスイッチされた信号が機体へ即座に伝播し、右肩部装甲の後面へ敷設されるハンガーユニットが反応を示す。
 上端部が左右へと自動的に開放され、ユニット自体が肩側へと傾いて、正面に突出した。
 内部からは伸びた柄が覗き、それへ目掛けて左腕が動く。
 鋼の五指は剥き出された柄を掴み、力強く握り込んだ。


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最終更新:2016年10月30日 09:38