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東天の緋 - (2021/08/03 (火) 23:21:56) のソース
*東天の緋 ◆79697giSSk 川岸を歩けば、対岸から姿が見えてしまう。 はやてに見つけてもらえる可能性はなくはないが、飛び道具を持っているかもしれない人間に見つかる危険を避けたほうがいい。 「……さむ」 抜き身で斧槍など担いでいたら、真っ先に警戒されるだろうと思ったが、それ以上考えなかった。 武器を持っているのは当然のこと。それを理由に信用を置けないという人間の方こそ、警戒するべき相手に違いない。 そもそも、ハルバードは既に杖となっていた。 気を失った状態で、夜の川に流されたのは最高にまずかったらしい。 加えて、満足に拭えず、いまだに湿り気を帯びた身体。 まだまだ冷たい夜明けの空気が、体を通り抜けてヴィータの骨を穴だらけにし、開いた穴から体力と体温を勝手に奪っていく。 寒くて歩いていられない。 動かすたびに関節が、錆びついているかのように神経に障る。 耳を澄ませようとしたが、うまく感覚が広がっていかない。意識からして薄く靄がかかったようで、空気の流れを感じ取ろうにも 皮膚の上に厚いビニールを被せられたかのように鈍い。目を開けているのに、前も良く見えない。 それに、さっきからどうも息苦しい。 呼吸がどうとかではなく、体力の消耗が激しいと言うべきか。休んだ分はとっくに使い切っていた。 長い道のりだというのに、一足ごとに、体中の力が抜けていくような感覚さえ覚えている。 それでも歩みを止めるわけにはいかない。 一足ごとに、ハルバードにかかる体重が大きくなっていく。 「あ……橋、か……」 目の前に橋があった。 風景の変化は、ヴィータの歩みを支えていた機械的な反復運動に大きくクサビを打ち込んだ。 もう歩けない。歩きたくない。 冷え切った体を引きずって欄干に倒れこみ、座り込むもんかと全身でかじりつく。 ハルバードが乾いた音を立てて床板に転がった。 身を屈めるのも一苦労だったが、欄干に腕をかけ、ずり落ちるようにしてハルバードを拾い上げる。 「こんな……もんで……」 行く先、橋の尽きるであろう方角をじっと見据える。しかし、目に入った景色を理解する余裕は少しずつ失われていた。 そのまま、ずるずると、欄干をレール代わりに、ゼンマイの切れかけた人形のように進む。 「ベルカの、騎……が……っ」 作業的に足と斧槍を動かし、いくらか来たところでホログラムが行く手の空を遮った。 「……死ん?」 はやてが? 我が身を省みる。主を失えば生きてはいられないヴォルケンリッター鉄槌の騎士は、未だそこに在る。 シグナムだって、死んだうちに呼ばれなかった。消滅なら死んだことにならないのかもしれないけど、ともかくシグナムも呼ばれてない。 「……きっと、なんかの、間違いだ……名前同じとか……」 死んでしまったらしい「八神はやて」を探さなければ。 ヴィータが知っているはやてなら、絶対まだ生きているんだから。名前が同じだけだって、確認しなければ。 でももし万にひとつ、億にひとつ「八神はやてが死んでしまったにも関わらず、自分が生き残っている」ならば? 取り残された、という思いが意識に触れた瞬間、汚水が逆流するように不安が噴出した。指先が一気に冷え、黒い淀みが腹を満たしていく。 胸へ上がった焦燥が心臓に激しい脈を打たせ、喉から這い登る分は胸の内側をおぞましい襞で撫で上げた。 口腔に達した嘔吐感でヴィータは反射的に口を押さえた。 吐けない。 吐くにも体力がいる。もう小指の先ほどのエネルギーも無駄にできない。 はやては死んでしまったんだから、ひとりでがんばっていかないと。 ……そんなはずはない。 はやては大丈夫だ。あのはやては、きっと違うはやてだ。はやてがはやてじゃないということを、確かめに行くだけなんだ。 そして、はやてがはやてじゃないとわかったら、今度こそちゃんとはやてを見つけなければ。 はやてが危ないのは変わっていない。 はやてを助けに行かなければ。もう小指の先ほどのエネルギーも無駄にできない。 手足の指先が、肘が、膝が、耳や鼻までが冷え切っている。 体の芯は震えるほど熱い。 「はやてが死んじまったなら、あたしらが、こうして、元気で……いられるわけが、ないんだ……からな……」 元気とは程遠い体調は思考の混濁を呼び、その混濁は不安もろとも兆にひとつの真実を意図的に投げ捨てた。 「……そだ、シグナムなら、なんか、わかるかも……」 頭を使うのはシャマルの仕事だ。何が一番合っているか、その場でぱっと思いつくのは、シグナムが慣れている。 ついに、鉛の海を行くような橋が尽きた。 向こうには、建物がある。線路が出ている建物なら、知っている。「駅」だ。 電車が来て、魔法を使わなくても遠くまで早く行ける建物だ。 この近くには、多分はやてはいない。それなら電車に乗っていくのがいい。 電車なら、きっと少しは休めるに違いない。 「あ、きっぷ……」 切符。電車に乗るためには、切符を買わなければならない。 「……お金、持ってたっけ……」 荷物はすべて、背中のバッグだ。 「……いいや……」 今は、駅に辿り着くことが大切だ。 欄干から腕を引き剥がし、斧槍を杖に体を起こす。 また、足と杖だけを頼りに、少しずつ前へ這い出して行った。 そして、躓いた。 石でも段差でもない。 しっかり上がりきらなかった爪先が地面を擦り、足首が伸びきる。 体重を支えるはずだった次の一歩が遅れ、体が前につんのめった。 落ちる。 まだ地面についている片足と、両手で寄りかかっているハルバードに体重を預ける。 これでまた、倒れずに歩けるはずだった。 だが、長時間の無理は、体力を予想以上に奪っていた。バランスをとりきれず、ハルバードの石突が、ずれた。 支えるものがなくなったヴィータは、顔から倒れこむ。 立ち上がらなければ。立ち上がって、歩いて、電車に乗って。 でも、体が地面に吸い付いてしまって、体を起こそうとする腕も足も重くて、全然駄目だ。 支えにしようとした斧槍も、腕の中に抱え込んでしまっていて、体を持ち上げる用を成さない。 「……、……や、……」 右腕が伸び、手のひらが地面に触れ、それで動けなくなった。 【F-1橋東岸・1日目 朝】 【ヴィータ@魔法少女リリカルなのはA's】 [状態]:体温低下による発熱と、無理を押しての長距離歩行による疲労で気絶 [装備]:ハルバード、北高の制服@涼宮ハルヒの憂鬱 [道具]:支給品一式、スタングレネード(残り五つ) [思考・状況] 信頼できる人間を捜し、PKK(殺人者の討伐)を行う 「八神はやて」の生死を確かめる 基本:よく知っている人間を探す(最優先:八神はやて、次点シグナム。他よりマシがなのはとフェイト) *時系列順で読む Back:[[第一回放送]] Next:[[I wish]] *投下順で読む Back:[[第一回放送]] Next:[[I wish]] |67:[[悲劇]]|ヴィータ|134:[[歩みの果てには]]|