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「避けてゆけぬBattlefield」(2021/10/05 (火) 04:15:11) の最新版変更点
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*避けてゆけぬBattlefield ◆2kGkudiwr6
目の前に広がるは廃墟。傷痕は戦いの物。まるで亡国を思い出させる無残な姿。
それから目を逸らして、魔力で兜を編み上げ自らの頭に被せる。
重装備になる分機動力は殺がれるが、この場では生き残ることこそが本義。
防御力を重視すべきだし……何より。
顔を隠せるということが、自分の下らない感傷をも隠せるような気になる。
指揮官と言う者に必要なことは、多少の死に動揺を見せぬ鉄面皮。
私情に流されて成すことも成せない者など上に立つべきではない。
ましてや王となれば――
『王は人の気持ちが分からない』
ああ、その方がいいのだ。
人の気持ちが分からなければ、迷うことなく王たる債務を成すことができるのだから。
■
「……うわ」
周囲を見渡した太一は、思わず驚きの声を漏らしていた。
今、四人――もっとも、カズマとヴィータはかなり先行しているが――が歩いているのは住宅街。
いや、元住宅街と呼ぶほうが正しい。元は恐らく普通の住宅街だったに違いない。
だが、今は違う。無残にも倒壊した家屋、屋根に突き刺さった標識、あちこちに残る弾痕。
明らかな破壊の痕。何らかの戦闘があった、と見るべきだろう。それも相当に派手な。
「……おい、お前。もっとゆっくり歩けよ」
「てめぇこそゆっくり歩きやがれ」
もっとも、立ち止まっている余裕は太一とドラえもんにはない。
理由は簡単、妙に早く歩くカズマにムッとしたヴィータがそれに負けない速さで歩いているからだ。
……要するに、単なる意地の張り合いである。
ちなみにカズマが早く歩く理由はなのはが心配だからだが、彼は死にでもしない限り口に出さないだろう。
ともかく、太一とドラえもんも溜め息を吐きながら早足で歩き続けるしかない。
そんな調子で歩き続けて、しばらく後。視界の脇に小さな川が入り始めた頃のこと。
突然、先を歩いていたカズマとヴィータが揃って足を止めた。
「どうしたのさ、立ち止まって」
「「黙ってろ」」
声をかけたドラえもんへ、ヴィータとカズマの声が同時に響いた。
悪意からの発言ではない。その声は緊張感に満ちている。
さすがにドラえもんも太一も、その様子にただならぬ物を感じざるを得ない。
「――上だッ!!!」
叫ぶと同時に、カズマが上を見上げていた。
屋根から飛び降りてくるのは、鎧に兜、全身を防具で固めた小柄な騎士――セイバー!
しかし、カズマの表情に浮かぶのは敵意でも驚愕でもなく……疑問だった。
(素手……!?)
そう、その手に見えるものは何もない。
だが、手の形は何かを握っているようにしか見えない。
疑問を浮かべながらもアルターを盾にしたカズマの表情は、発生した金属音によって驚愕へと変わった。
音の発生源は風王結界を纏わせたカリバーン。不可視の剣と化した黄金の剣。
細かいことは知らないし気にしないカズマにも、相手が透明な何かを握っているという事は分かる。
「チッ!!!」
舌打ちと共に、カズマはセイバーごとカリバーンを弾き飛ばした。
もっともセイバーも、そのまま叩きつけられるほどの馬鹿ではない。
家屋の壁を蹴って跳ぶ――離れた位置にいた太一たちへ向けて!
だが、不可視の剣が一人と一体を裂くことはない。
『Pferde』
「離れてろ、お前ら!」
高速移動魔法により、ヴィータがその目前に立ちふさがっていた。不可視の剣とレヴァンティンが爆ぜる。
そのまま着地したセイバーは、ヴィータへ瞬時に切り返しを放った。
恐ろしいほどの高速の剣技。1秒の間に複数の剣が奔る。しかもその剣は、見えない。
「障壁!」
『Panzerhindernis!』
ヴィータの声と共に、赤い障壁が剣を防ぎ止める。しかし、その均衡も一瞬。
赤い障壁は切り裂かれ、無残に砕け散った。更に斬り進むカリバーンを、かろうじてレヴァンティンが食い止める。
もっとも、当然の結果ではある。レヴァンティンは武器としての機能が非常に優れている反面、魔法補助能力はほとんど持ち合わせていない。
グラーフアイゼンと同じ感覚で防御すれば、確実に防御壁ごと切り裂かれる。
確実に防ぐとすれば剣で直接受けるしかない――その事実に、思わずヴィータは唇を噛んでいた。
これほど剣で防ぐという事をやりづらい相手も、早々ないだろう。
シグナムならともかくそんなことをこなし続ける自信はヴィータには無かった。
数合の斬りあいで、ヴィータの不利は傍目にも表面化する。防ぎきれなかった剣がヴィータの帽子を掠め、人形を地に叩きつけた。
「こんのぉ……!」
ヴィータの顔が、歪む。
彼女も歴戦の騎士だ。相手の手の動きを見て、剣筋におおよその目測を立てることはできる。
しかし、剣の幅や長さなど、そういったことが分からないのは致命的。
手の動きで剣の向きがわかっても、剣の輪郭までを捉えることはできない。それは何を意味するのか。
それは間一髪で避けても予想以上に剣が長い――もしくは太い場合、その部分に切り裂かれ死ぬということ。
そのために回避運動は大袈裟な物になり、隙も増える。
当然それは相手に攻撃する余裕を与える。結果、生み出されるのは防戦一方と言う悪循環。
真正面からの突撃を好むヴィータにとってはイラつくしかない状況だ。
だが、もっとイラついている人物がいた。
「さっさとどけっての! 俺が攻撃できねえだろ!」
「うっせえ、二人を守ってろよ!」
カズマである。
彼の主要攻撃手段であるシェルブリットは圧倒的な破壊力を誇る。
だがそれ故に、密着した状態で放てばセイバーごとヴィータまで吹き飛ばしてしまうだろう。
それならそれで大人しく隙を待てばいいのだが、カズマにとって待つという事ほど苦手なことはない。
ヴィータはヴィータで無視すればいいのだが、思わず反応してしまっていた。
当然、セイバーが見逃すはずもない。
「戦闘中に世間話とは余裕ですね」
冷え切った、声。
剣を跳ね上げ、同時にショルダータックル。
セイバーと密着したまま、ヴィータが数m吹き飛ばされていく。
「くそったれ、いい加減離れやがれ!」
歯噛みするカズマを余所に、衝撃でヴィータが転倒した。
セイバーが見逃すはずもない。そのまま剣を振り下ろす。
だが、ヴィータは完全に倒れ込む前に手を地面に付き。
「盾!」
『Panzerschild!』
左足に魔法陣の盾を纏わせて、倒立の要領で蹴りを放った。
固形化させた魔力によりカリバーンの軌道は逸れ、足がセイバーの肩に直撃する。
もっとも大して威力はない。もともと盾は防ぐための物で、蹴るためのものではない。
更にセイバーの対魔力により、パンツァーシルトは途中で霧散してしまっている。
つまり、せいぜい普通の蹴り程度の威力しか発揮していない。
だが、それは予想以上の効果をもたらした。
セイバーの表情が苦痛に歪む。同時に、肩から血が滲み出す。
明らかに、今付けられた傷ではない。明らかな好機。
だが、無茶な動きの反動で、ヴィータも起き上がるのが遅れていた。
何より彼女にも、シグナムと戦った時の負傷が残っている。それが誤算。攻め込めない。
セイバーは再び切りかかる、起き上がったヴィータはそれを受ける。再び戦況は膠着。
太一やドラえもんはもちろん、カズマが介入できないのも同じだ。
「くそ……なら!」
カズマが呟くと同時に、周囲に光が広がっていく。
「ただ」待っているのは性に合わない。故に、今のうちにアルターを強化する。
周囲の物質が分解され、腕だけでなく背中まで金属質な異形が広がっていき。
「輝け、もっと、かがや……!?」
がくり、とその腕が落ちた。
同時に右腕だけを残し、シェルブリットが霧散していく。
この事態と、何より右半身に走った激痛にカズマの表情が歪む。
(さっきの戦いのダメージが……!?
くそ、まだ邪魔すんのかよあんの野郎!)
消耗しているのは、カズマも同じだ。そう、シェルブリット第二形態が構成できないほどに。
もっともこれで劉鳳への怒りを漲らせる辺り、さすがカズマと言ったところか。
「いったいどうし……」
「うっせえ、黙ってろ! これだけでも十分だ!」
異常に気付いたらしい太一の気遣いを、カズマはあっさりと切り捨てた。
セイバーを睨み、右腕を構えなおす。少なくとも、シェルブリット第一形態はしっかりと残っている。
ならば、それを放つだけだ。
まるで大砲の射手のごとく、カズマはしっかりと狙いを定めた。無論、弾は右腕である。
――一見、三者のコンディションは同じように見えるかもしれない。
なるほど、体中の傷や連戦による疲労など、共通する点はある。
だが、大きな違いがここには存在する。
それは休憩を取った後は弱者と戦っただけのセイバーと。
同格の相手と戦ってからまともな休息を取っていないという二人の違い。
30合ほど斬り合い、先に息を切らし始めたのはヴィータ。
体中にも無数の傷痕。対して、セイバーに新しくつけられた傷はない。
元々剣士ではないというハンデと、同じヴォルケンリッターと戦ったことによる疲労というハンデ。
何より数というアドバンテージを全く活かせていない現状、このままではヴィータに勝ち目はない。
――だから、勝つには数を活かすしかない。
セイバーの剣が再び振るわれる。いちかばちか、ヴィータは後ろへ跳んだ。
守勢に回った相手を追撃すべく、秒も掛けずにセイバーの斬り返しが放たれる。
だが、これは逃げるためではない。ほんの少しだけ、魔法の発動の時間を稼ぐために。
反撃への契機を掴むための、引きだ。
「カズマッ!!!」
『Pferde!』
ヴィータの足元に竜巻が巻き起こり、それが彼女を後ろに吹き飛ばす。
代償は右目。追撃を逃れ切れなかった幼い顔に鮮血が走る。だが、距離は確かに開いた。
「十分だ! 衝撃のファーストブリットォ!!!」
それに応え、カズマの拳が暴風と化す。
舌打ちと共にセイバーは全防具を解除。機動力を確保して空中に跳躍し、シェルブリットを回避。
それを見逃すカズマではない。素早く地に足を付け、自身の体を停止させていく。
空中と言う、回避行動のできない場所へ逃れた間抜けな相手を討つべく。
「逃がすかよ、撃滅の……!?」
振り向いたカズマは、息を呑んだ。
夕日を背に、可憐な女騎士が舞う。
風が巻き起こり、金色の刀身が顕わに。
さきほど解除した防具――兜、鎧、小手具足、その全てが風に変換される。
「風王――結界!」
セイバーが叫ぶと共に、その背後に突風が巻き起こった。
魔力で編み上げた風によるジェット噴射。
それは圧倒的な速度を生み出し、カズマを置き去りにしてヴィータ達へとセイバーを吹き飛ばす。
カズマとヴィータの顔色が変わる――その速さの前には、カズマの追撃は間に合わない事実に!
それこそ突風のような速さで距離が縮まっていく。あるいは、広がっていく。
――もっとも、これはカズマのシェルブリットが風王結界に劣っていると言うことを意味するわけではない。
むしろ、公平な環境におけるスピードならばシェルブリットによる加速の方が勝っているだろう。
だが、今の両者の間には厳然たる差が存在する……即ち、「距離」と「方向」。
先ほどシェルブリットで攻撃したカズマはセイバーの背後……ヴィータ達から離れた位置にいる。これがまず一つ。
そして何よりも、ファーストブリットによって生み出した運動エネルギー。
セイバーによってこの攻撃を避けられたという事実は、
つまり衝撃を受け止めるものはなく、運動エネルギーはそのままだという事をも意味する。
ヴィータ達のいる位置と正反対へ突進しているカズマと、静止状態にあったセイバー。
ヴィータ達へ向かって加速すれば、すぐに最高速に達するのは間違いなく――後者!
「ッ――セカンドブリットォ!!!」
「レヴァンティン、カートリッジロード!」
『Explosion!』
それを直感で理解してなおカズマができるのは、セカンドブリットによって距離という壁を突き破ることのみ。
そしてヴィータは相手を迎え撃つべく魔力を奔らせる。
ヴィータもカズマも、大人しく諦めるような性格ではない。
前後の違いはあれど、鎧を解除し突進してくる剣の英霊を阻まんと腕を振り上げるのみ!
「はああああああっ!」
「紫電一閃!」
黄金の剣と炎の魔剣が交差する。二つの武器から放出される魔力が周囲の草花を吹き飛ばし、建築物のガラスを砕いていく。
互いの剣には刃毀れ一つさえない。圧倒的な力による災厄を被るのは、脆弱な周囲の物体のみ。
ベルカ式のカートリッジによる魔力増強は、宝具と渡り合えるまでにレヴァンティンの威力を増している。
得物は互角――では、所持者は?
セイバーの真名は騎士王アーサー。その剣技は疑うべくもない。
そして遥か古代より夜天の書の守護者・鉄槌の騎士として戦い抜いてきたヴィータ。
幼い容姿に反し、その実力は並みのサーヴァントをも凌ぐと言える。
だが……ここで問題になるのは技術でも実力でもない。必要なのは、圧倒的なエネルギー放出に耐えうる体格。
そして、風王結界というブースターで運動エネルギーを得たセイバーの前に、小柄なヴィータの体格は耐え切れない。
何よりも。この二人には大きな違いがある。
セイバーはカリバーンの本来の担い手であるが……
ヴィータはレヴァンティンの本来の担い手ではないということだ。
「あ……ぐ!?」
拮抗した時間は0.1秒もない。
苦悶の声はヴィータのもの。
カリバーンがレヴァンティンを跳ね上げ、ヴィータを切り裂く。
互いの剣を扱い慣れ、無意識の内にもその長さを把握しているか……その差が出た。
更に風王結界による加速はそれに留まらず、セイバーの体そのものを激しくヴィータに衝突させた。
縺れ合うことさえない。宙に浮いたまま、ヴィータはセイバーと共に後ろにいた太一たちへ吹き飛ばされた。
衝撃で意識が飛びかけたヴィータへ向け、勢いを活かしたままセイバーは宙で回転し、
脳漿を砕かんと足を振り下ろす。
その一瞬の隙間。僅かな空間の隙間。
そこへドラえもんが文字通り滑り込んだ。
セイバーの強烈な蹴りがドラえもんの頭部にクリーンヒットしたものの、肝心のヴィータ自身には怪我はない。
だが……その蹴りを反動に飛び上がったセイバーが、今度は宙よりカリバーンを振り下ろす。
狙うは先ほど蹴りを決めた箇所。例え斬れなくとも、同じ箇所に強烈な衝撃を受ければ故障は必死。
「やめろ!!!」
だからこそ、太一はドラえもんの立ちふさがった。その手には鞘。
一瞬、セイバーの表情が変わった。だがそれも一瞬だ。
兜と鉄面皮で表情を押し殺し、何事も無かったかのように斬撃を繰り出す。
太一は鞘を握り締めた。そこに、かつてのビルの時の様な奇跡を望む気持ちがあったことは当人でも否定できないだろう。
――しかし、奇跡は、二度も起こらない。
「うわああああああ!?」
悲鳴が上がる。
セイバーのカリバーンが綺麗に太一の腕を断ち、アヴァロンを奪い去ったのだ。
返す刀……それを繰り出せずにセイバーは飛び去った。背後よりカズマが迫っている。
自爆させればそれですむ――そうセイバーは予想したが……
「抹殺の――ラストブリットォォォ!!!」
叫ぶと同時に、カズマは太一達の寸前で止まっていた。
シェルブリットの逆噴射による急停止。
そのまま太一達を見やることもなく労りの言葉を掛けることも無く、カズマはセイバーへと向き直る。
「太一くん、大丈夫かい!?」
「平気だ……これくらい!」
その後ろでは起き上がったドラえもんに対し、太一は勇敢にもそう言っていた。
普通、手首から先を切り飛ばされて大丈夫な人間はいない。
ヴィータは思わず声を掛けていた……ただし、カズマに対して、だ。
「少しは気遣えよ、お前」
「何言ってやがる。時間の無駄だ」
「ああ!?」
ただでさえそりの合わない相手だ。ましてやこんなことを言われて我慢する理由はない。
瞬間沸騰しかけたヴィータに、視線さえカズマは向けずに。
「まず、このムカツク糞女を吹っ飛ばす方が先だろうが!」
そう断言した。そのまま、空気さえ凍らせかねない殺意をセイバーへ向ける。
一瞬呆けたヴィータだったが、慌ててセイバーへ向き直った。要するにこれもカズマなりの気遣いだと気付いたからだ。
そんな二人からの視線に身構えることも無く、セイバーはヴィータへ言葉を紡いだ。
その身には再び鎧が装着されている。
「……貴女は魔術騎士として優れている」
「何だよ、いきなり?」
「だから……この宝具の特性も分かるのでしょうね」
告げると同時に、セイバーは高々と黄金の剣を天に翳した。
魔力が収束し、黄金の剣は太陽に勝るとも劣らぬ光を放っていく。
カズマ達は一体何が言いたいのか測りかねていたが……ただ一人事態を理解したヴィータは、息を呑んだ。
「……悪魔め!」
表情を歪ませて、そう言った。言わずにはいられなかった。
ヴィータが言った言葉は、かつて高町なのはに告げたものとは違う。
侮蔑を限界まで込めた言葉。
「悪魔で、構いません」
兜に隠され、セイバーの表情は見えない。分かるのは、平坦な声でセイバーが答えたことだけ。
未だ状況が分からない三人を代表するかのように声を出したのは、カズマだ。
「おい、一体どういうことだ?」
「簡単だ。あれは避けちゃいけない。防がないと、後ろの二人が死ぬ」
「何ィ!?」
ヴィータの言葉に三人の顔色が変わる。だが、ヴィータはそれに反応する余裕は無い。
手の色が変わるほどレヴァンティンを握り締めながら、今の状況を整理する。
太一を斬った後、セイバーはそれなりに距離を開けていた。
近距離攻撃なら距離を詰めることがそもそも無理、
半端な遠距離攻撃なら無視してそのまま攻撃を放ってくるだろう。
カズマの攻撃ならセイバーが攻撃を放つ前に倒せるかもしれないが……
三発放つと再構成する必要があると道中でヴィータは聞いていた。実際、今も再構成の真っ最中だ。
だが、再構成が終わる頃には、相手も攻撃準備を終えるだろう。
ならば迎え撃つしかない。それができるのは、レヴァンティンの最強魔法シュツルムファルケンだけ。
しかし、残るカートリッジはあと一発。ファルケンを撃つには足りない。
もっとも、それを解決する手段も無いわけではない……文字通り、最期の手段がある。
一瞬だけ迷ったものの、すぐにヴィータは決断を下した。
「やるよ、レヴァンティン!」
『Bogenform』
魔力が足りない。カートリッジが足りない。ならば……己が体を以って支払う代価とする。
ヴィータが叫ぶと共に、鞘を当てられたレヴァンティンがその姿を変える。
だが過負荷に耐え切れ無かったリンカーコアが機能を失い、下半身から体が抜けていく。
当然の結果だ。彼女の体は魔力で構成しているのだから。
――だから、自分の体をカートリッジ代わりにできるんだけどな。
ヴィータはやけに冷え切った思考の隅でそう呟いて……
唖然とする三人へ、いつも以上に冷静な言葉を告げていた。
「おい、カズマ。その二人連れて逃げろ」
「ああ!?」
「あたし、これ撃ったら消えっから。
だから、その二人頼む」
突然の発言に、三人揃って息を呑んだらしい。固まっていた。
一番早く立ち直ったのは太一だ。
「なんでだよ! なんでそこまでして……!」
「見捨てたら、はやてに怒られるから」
返ってきた言葉は、太一もドラえもんも押し黙らせるに足るものだった。
彼らははやてを知らない。ただ、ヴィータにとって大切な人だと知っているだけだ。
何よりも、決然としたその表情を止める言葉が思いつかない。
だが、カズマだけは違った。まるで世間話でもしていたかのように、やれやれといった様子で指示を出していく。
「おい、そこのタ……ネコとガキ。
できるだけ後ろに離れろ。巻き込まれたくなかったらな」
「お、おい!」
「悪いな、俺はトリーズナーなんでね……Noとしか言わない男さ!
どんな攻撃してくるかは知らねえが、まとめてぶっ飛ばせばいいだけだ!」
そう言うや否や、カズマは再構成が終わったシェルブリットをセイバーに向けて突きつけた。
無謀もいいところだ。拳一つで、強力な魔力放出を突っ込むなど、自殺行為にも程がある。
だがあいにく、その無謀を止める時間はもうないし……なぜか、ヴィータは止める気にもなれなかった。
「馬鹿だな、お前」
そう呟いて、騎士甲冑を霧散させながら弓を引いた……微笑みながら。
セイバーの魔力充填も、二人が話している間に既に終わっている。
まだ躊躇っている様子だった太一は、ドラえもんが強引に引き摺ってその場から連れ出した。
「勝利すべき――――」
「翔けよ隼……」
「衝撃のォォォォォ!」
開戦の合図が響き渡る。
周囲に広がる風の渦が、否応なしに圧倒的な破壊を予感させる。
ノウブルファンタズム、ヴォルケンリッター、アルター。本来起こりえぬ三つの要素の邂逅が、強大な破壊の源を生み出し。
「――――黄金の剣!」
「シュツルムファルケン!」
「ファーストブリットォォォォオオオオオオ!!!」
そして、炸裂した。
■
*時系列順で読む
Back:[[魔法のジュエル ほしいものは]] Next:[[これがあたし達の全力全開]]
*投下順で読む
Back:[[魔法のジュエル ほしいものは]] Next:[[これがあたし達の全力全開]]
|182:[[白地図に赤を入れ]]|八神太一|191:[[これがあたし達の全力全開]]|
|182:[[白地図に赤を入れ]]|ドラえもん|191:[[これがあたし達の全力全開]]|
|182:[[白地図に赤を入れ]]|カズマ|191:[[これがあたし達の全力全開]]|
|187:[[「救いのヒーロー」(後編)]]|セイバー|191:[[これがあたし達の全力全開]]|
|182:[[白地図に赤を入れ]]|ヴィータ|191:[[これがあたし達の全力全開]]|
*避けてゆけぬBattlefield ◆2kGkudiwr6
目の前に広がるは廃墟。傷痕は戦いの物。まるで亡国を思い出させる無残な姿。
それから目を逸らして、魔力で兜を編み上げ自らの頭に被せる。
重装備になる分機動力は殺がれるが、この場では生き残ることこそが本義。
防御力を重視すべきだし……何より。
顔を隠せるということが、自分の下らない感傷をも隠せるような気になる。
指揮官という者に必要なことは、多少の死に動揺を見せぬ鉄面皮。
私情に流されて成すことも成せない者など上に立つべきではない。
ましてや王となれば――
『王は人の気持ちが分からない』
ああ、その方がいいのだ。
人の気持ちが分からなければ、迷うことなく王たる債務を成すことができるのだから。
■
「……うわ」
周囲を見渡した太一は、思わず驚きの声を漏らしていた。
今、四人――もっとも、カズマとヴィータはかなり先行しているが――が歩いているのは住宅街。
いや、元住宅街と呼ぶほうが正しい。元は恐らく普通の住宅街だったに違いない。
だが、今は違う。無残にも倒壊した家屋、屋根に突き刺さった標識、あちこちに残る弾痕。
明らかな破壊の痕。何らかの戦闘があった、と見るべきだろう。それも相当に派手な。
「……おい、お前。もっとゆっくり歩けよ」
「てめぇこそゆっくり歩きやがれ」
もっとも、立ち止まっている余裕は太一とドラえもんにはない。
理由は簡単、妙に早く歩くカズマにムッとしたヴィータがそれに負けない速さで歩いているからだ。
……要するに、単なる意地の張り合いである。
ちなみにカズマが早く歩く理由はなのはが心配だからだが、彼は死にでもしない限り口に出さないだろう。
ともかく、太一とドラえもんも溜め息を吐きながら早足で歩き続けるしかない。
そんな調子で歩き続けて、しばらく後。視界の脇に小さな川が入り始めた頃のこと。
突然、先を歩いていたカズマとヴィータが揃って足を止めた。
「どうしたのさ、立ち止まって」
「「黙ってろ」」
声をかけたドラえもんへ、ヴィータとカズマの声が同時に響いた。
悪意からの発言ではない。その声は緊張感に満ちている。
さすがにドラえもんも太一も、その様子にただならぬ物を感じざるを得ない。
「――上だッ!!!」
叫ぶと同時に、カズマが上を見上げていた。
屋根から飛び降りてくるのは、鎧に兜、全身を防具で固めた小柄な騎士――セイバー!
しかし、カズマの表情に浮かぶのは敵意でも驚愕でもなく……疑問だった。
(素手……!?)
そう、その手に見えるものは何もない。
だが、手の形は何かを握っているようにしか見えない。
疑問を浮かべながらもアルターを盾にしたカズマの表情は、発生した金属音によって驚愕へと変わった。
音の発生源は風王結界を纏わせたカリバーン。不可視の剣と化した黄金の剣。
細かいことは知らないし気にしないカズマにも、相手が透明な何かを握っているという事は分かる。
「チッ!!!」
舌打ちと共に、カズマはセイバーごとカリバーンを弾き飛ばした。
もっともセイバーも、そのまま叩きつけられるほどの馬鹿ではない。
家屋の壁を蹴って跳ぶ――離れた位置にいた太一たちへ向けて!
だが、不可視の剣が一人と一体を裂くことはない。
『Pferde』
「離れてろ、お前ら!」
高速移動魔法により、ヴィータがその目前に立ちふさがっていた。不可視の剣とレヴァンティンが爆ぜる。
そのまま着地したセイバーは、ヴィータへ瞬時に切り返しを放った。
恐ろしいほどの高速の剣技。1秒の間に複数の剣が奔る。しかもその剣は、見えない。
「障壁!」
『Panzerhindernis!』
ヴィータの声と共に、赤い障壁が剣を防ぎ止める。しかし、その均衡も一瞬。
赤い障壁は切り裂かれ、無残に砕け散った。更に斬り進むカリバーンを、かろうじてレヴァンティンが食い止める。
もっとも、当然の結果ではある。レヴァンティンは武器としての機能が非常に優れている反面、魔法補助能力はほとんど持ち合わせていない。
グラーフアイゼンと同じ感覚で防御すれば、確実に防御壁ごと切り裂かれる。
確実に防ぐとすれば剣で直接受けるしかない――その事実に、思わずヴィータは唇を噛んでいた。
これほど剣で防ぐという事をやりづらい相手も、早々ないだろう。
シグナムならともかくそんなことをこなし続ける自信はヴィータには無かった。
数合の斬りあいで、ヴィータの不利は傍目にも表面化する。防ぎきれなかった剣がヴィータの帽子を掠め、人形を地に叩きつけた。
「こんのぉ……!」
ヴィータの顔が、歪む。
彼女も歴戦の騎士だ。相手の手の動きを見て、剣筋におおよその目測を立てることはできる。
しかし、剣の幅や長さなど、そういったことが分からないのは致命的。
手の動きで剣の向きがわかっても、剣の輪郭までを捉えることはできない。それは何を意味するのか。
それは間一髪で避けても予想以上に剣が長い――もしくは太い場合、その部分に切り裂かれ死ぬということ。
そのために回避運動は大袈裟な物になり、隙も増える。
当然それは相手に攻撃する余裕を与える。結果、生み出されるのは防戦一方という悪循環。
真正面からの突撃を好むヴィータにとってはイラつくしかない状況だ。
だが、もっとイラついている人物がいた。
「さっさとどけっての! 俺が攻撃できねえだろ!」
「うっせえ、二人を守ってろよ!」
カズマである。
彼の主要攻撃手段であるシェルブリットは圧倒的な破壊力を誇る。
だがそれ故に、密着した状態で放てばセイバーごとヴィータまで吹き飛ばしてしまうだろう。
それならそれで大人しく隙を待てばいいのだが、カズマにとって待つという事ほど苦手なことはない。
ヴィータはヴィータで無視すればいいのだが、思わず反応してしまっていた。
当然、セイバーが見逃すはずもない。
「戦闘中に世間話とは余裕ですね」
冷え切った、声。
剣を跳ね上げ、同時にショルダータックル。
セイバーと密着したまま、ヴィータが数m吹き飛ばされていく。
「くそったれ、いい加減離れやがれ!」
歯噛みするカズマを余所に、衝撃でヴィータが転倒した。
セイバーが見逃すはずもない。そのまま剣を振り下ろす。
だが、ヴィータは完全に倒れ込む前に手を地面に付き。
「盾!」
『Panzerschild!』
左足に魔法陣の盾を纏わせて、倒立の要領で蹴りを放った。
固形化させた魔力によりカリバーンの軌道は逸れ、足がセイバーの肩に直撃する。
もっとも大して威力はない。もともと盾は防ぐための物で、蹴るためのものではない。
更にセイバーの対魔力により、パンツァーシルトは途中で霧散してしまっている。
つまり、せいぜい普通の蹴り程度の威力しか発揮していない。
だが、それは予想以上の効果をもたらした。
セイバーの表情が苦痛に歪む。同時に、肩から血が滲み出す。
明らかに、今付けられた傷ではない。明らかな好機。
だが、無茶な動きの反動で、ヴィータも起き上がるのが遅れていた。
何より彼女にも、シグナムと戦った時の負傷が残っている。それが誤算。攻め込めない。
セイバーは再び切りかかる、起き上がったヴィータはそれを受ける。再び戦況は膠着。
太一やドラえもんはもちろん、カズマが介入できないのも同じだ。
「くそ……なら!」
カズマが呟くと同時に、周囲に光が広がっていく。
「ただ」待っているのは性に合わない。故に、今のうちにアルターを強化する。
周囲の物質が分解され、腕だけでなく背中まで金属質な異形が広がっていき。
「輝け、もっと、かがや……!?」
がくり、とその腕が落ちた。
同時に右腕だけを残し、シェルブリットが霧散していく。
この事態と、何より右半身に走った激痛にカズマの表情が歪む。
(さっきの戦いのダメージが……!?
くそ、まだ邪魔すんのかよあんの野郎!)
消耗しているのは、カズマも同じだ。そう、シェルブリット第二形態が構成できないほどに。
もっともこれで劉鳳への怒りを漲らせる辺り、さすがカズマと言ったところか。
「いったいどうし……」
「うっせえ、黙ってろ! これだけでも十分だ!」
異常に気付いたらしい太一の気遣いを、カズマはあっさりと切り捨てた。
セイバーを睨み、右腕を構えなおす。少なくとも、シェルブリット第一形態はしっかりと残っている。
ならば、それを放つだけだ。
まるで大砲の射手のごとく、カズマはしっかりと狙いを定めた。無論、弾は右腕である。
――一見、三者のコンディションは同じように見えるかもしれない。
なるほど、体中の傷や連戦による疲労など、共通する点はある。
だが、大きな違いがここには存在する。
それは休憩を取った後は弱者と戦っただけのセイバーと。
同格の相手と戦ってからまともな休息を取っていないという二人の違い。
30合ほど斬り合い、先に息を切らし始めたのはヴィータ。
体中にも無数の傷痕。対して、セイバーに新しくつけられた傷はない。
元々剣士ではないというハンデと、同じヴォルケンリッターと戦ったことによる疲労というハンデ。
何より数というアドバンテージを全く活かせていない現状、このままではヴィータに勝ち目はない。
――だから、勝つには数を活かすしかない。
セイバーの剣が再び振るわれる。いちかばちか、ヴィータは後ろへ跳んだ。
守勢に回った相手を追撃すべく、秒も掛けずにセイバーの斬り返しが放たれる。
だが、これは逃げるためではない。ほんの少しだけ、魔法の発動の時間を稼ぐために。
反撃への契機を掴むための、引きだ。
「カズマッ!!!」
『Pferde!』
ヴィータの足元に竜巻が巻き起こり、それが彼女を後ろに吹き飛ばす。
代償は右目。追撃を逃れ切れなかった幼い顔に鮮血が走る。だが、距離は確かに開いた。
「十分だ! 衝撃のファーストブリットォ!!!」
それに応え、カズマの拳が暴風と化す。
舌打ちと共にセイバーは全防具を解除。機動力を確保して空中に跳躍し、シェルブリットを回避。
それを見逃すカズマではない。素早く地に足を付け、自身の体を停止させていく。
空中という、回避行動のできない場所へ逃れた間抜けな相手を討つべく。
「逃がすかよ、撃滅の……!?」
振り向いたカズマは、息を呑んだ。
夕日を背に、可憐な女騎士が舞う。
風が巻き起こり、金色の刀身が顕わに。
さきほど解除した防具――兜、鎧、小手具足、その全てが風に変換される。
「風王――結界!」
セイバーが叫ぶと共に、その背後に突風が巻き起こった。
魔力で編み上げた風によるジェット噴射。
それは圧倒的な速度を生み出し、カズマを置き去りにしてヴィータ達へとセイバーを吹き飛ばす。
カズマとヴィータの顔色が変わる――その速さの前には、カズマの追撃は間に合わない事実に!
それこそ突風のような速さで距離が縮まっていく。あるいは、広がっていく。
――もっとも、これはカズマのシェルブリットが風王結界に劣っているということを意味するわけではない。
むしろ、公平な環境におけるスピードならばシェルブリットによる加速の方が勝っているだろう。
だが、今の両者の間には厳然たる差が存在する……即ち、「距離」と「方向」。
先ほどシェルブリットで攻撃したカズマはセイバーの背後……ヴィータ達から離れた位置にいる。これがまず一つ。
そして何よりも、ファーストブリットによって生み出した運動エネルギー。
セイバーによってこの攻撃を避けられたという事実は、
つまり衝撃を受け止めるものはなく、運動エネルギーはそのままだという事をも意味する。
ヴィータ達のいる位置と正反対へ突進しているカズマと、静止状態にあったセイバー。
ヴィータ達へ向かって加速すれば、すぐに最高速に達するのは間違いなく――後者!
「ッ――セカンドブリットォ!!!」
「レヴァンティン、カートリッジロード!」
『Explosion!』
それを直感で理解してなおカズマができるのは、セカンドブリットによって距離という壁を突き破ることのみ。
そしてヴィータは相手を迎え撃つべく魔力を奔らせる。
ヴィータもカズマも、大人しく諦めるような性格ではない。
前後の違いはあれど、鎧を解除し突進してくる剣の英霊を阻まんと腕を振り上げるのみ!
「はああああああっ!」
「紫電一閃!」
黄金の剣と炎の魔剣が交差する。二つの武器から放出される魔力が周囲の草花を吹き飛ばし、建築物のガラスを砕いていく。
互いの剣には刃毀れ一つさえない。圧倒的な力による災厄を被るのは、脆弱な周囲の物体のみ。
ベルカ式のカートリッジによる魔力増強は、宝具と渡り合えるまでにレヴァンティンの威力を増している。
得物は互角――では、所持者は?
セイバーの真名は騎士王アーサー。その剣技は疑うべくもない。
そして遥か古代より夜天の書の守護者・鉄槌の騎士として戦い抜いてきたヴィータ。
幼い容姿に反し、その実力は並みのサーヴァントをも凌ぐと言える。
だが……ここで問題になるのは技術でも実力でもない。必要なのは、圧倒的なエネルギー放出に耐えうる体格。
そして、風王結界というブースターで運動エネルギーを得たセイバーの前に、小柄なヴィータの体格は耐え切れない。
何よりも。この二人には大きな違いがある。
セイバーはカリバーンの本来の担い手であるが……
ヴィータはレヴァンティンの本来の担い手ではないということだ。
「あ……ぐ!?」
拮抗した時間は0.1秒もない。
苦悶の声はヴィータのもの。
カリバーンがレヴァンティンを跳ね上げ、ヴィータを切り裂く。
互いの剣を扱い慣れ、無意識の内にもその長さを把握しているか……その差が出た。
更に風王結界による加速はそれに留まらず、セイバーの体そのものを激しくヴィータに衝突させた。
縺れ合うことさえない。宙に浮いたまま、ヴィータはセイバーと共に後ろにいた太一たちへ吹き飛ばされた。
衝撃で意識が飛びかけたヴィータへ向け、勢いを活かしたままセイバーは宙で回転し、
脳漿を砕かんと足を振り下ろす。
その一瞬の隙間。僅かな空間の隙間。
そこへドラえもんが文字通り滑り込んだ。
セイバーの強烈な蹴りがドラえもんの頭部にクリーンヒットしたものの、肝心のヴィータ自身には怪我はない。
だが……その蹴りを反動に飛び上がったセイバーが、今度は宙よりカリバーンを振り下ろす。
狙うは先ほど蹴りを決めた箇所。例え斬れなくとも、同じ箇所に強烈な衝撃を受ければ故障は必至。
「やめろ!!!」
だからこそ、太一はドラえもんの前に立ちふさがった。その手には鞘。
一瞬、セイバーの表情が変わった。だがそれも一瞬だ。
兜と鉄面皮で表情を押し殺し、何事も無かったかのように斬撃を繰り出す。
太一は鞘を握り締めた。そこに、かつてのビルの時の様な奇跡を望む気持ちがあったことは当人でも否定できないだろう。
――しかし、奇跡は、二度も起こらない。
「うわああああああ!?」
悲鳴が上がる。
セイバーのカリバーンが綺麗に太一の腕を断ち、アヴァロンを奪い去ったのだ。
返す刀……それを繰り出せずにセイバーは飛び去った。背後よりカズマが迫っている。
自爆させればそれですむ――そうセイバーは予想したが……
「抹殺の――ラストブリットォォォ!!!」
叫ぶと同時に、カズマは太一達の寸前で止まっていた。
シェルブリットの逆噴射による急停止。
そのまま太一達を見やることもなく労りの言葉を掛けることも無く、カズマはセイバーへと向き直る。
「太一くん、大丈夫かい!?」
「平気だ……これくらい!」
その後ろでは起き上がったドラえもんに対し、太一は勇敢にもそう言っていた。
普通、手首から先を切り飛ばされて大丈夫な人間はいない。
ヴィータは思わず声を掛けていた……ただし、カズマに対して、だ。
「少しは気遣えよ、お前」
「何言ってやがる。時間の無駄だ」
「ああ!?」
ただでさえそりの合わない相手だ。ましてやこんなことを言われて我慢する理由はない。
瞬間沸騰しかけたヴィータに、視線さえカズマは向けずに。
「まず、このムカツク糞女を吹っ飛ばす方が先だろうが!」
そう断言した。そのまま、空気さえ凍らせかねない殺意をセイバーへ向ける。
一瞬呆けたヴィータだったが、慌ててセイバーへ向き直った。要するにこれもカズマなりの気遣いだと気付いたからだ。
そんな二人からの視線に身構えることも無く、セイバーはヴィータへ言葉を紡いだ。
その身には再び鎧が装着されている。
「……貴女は魔術騎士として優れている」
「何だよ、いきなり?」
「だから……この宝具の特性も分かるのでしょうね」
告げると同時に、セイバーは高々と黄金の剣を天に翳した。
魔力が収束し、黄金の剣は太陽に勝るとも劣らぬ光を放っていく。
カズマ達は一体何が言いたいのか測りかねていたが……ただ一人事態を理解したヴィータは、息を呑んだ。
「……悪魔め!」
表情を歪ませて、そう言った。言わずにはいられなかった。
ヴィータが言った言葉は、かつて高町なのはに告げたものとは違う。
侮蔑を限界まで込めた言葉。
「悪魔で、構いません」
兜に隠され、セイバーの表情は見えない。分かるのは、平坦な声でセイバーが答えたことだけ。
未だ状況が分からない三人を代表するかのように声を出したのは、カズマだ。
「おい、一体どういうことだ?」
「簡単だ。あれは避けちゃいけない。防がないと、後ろの二人が死ぬ」
「何ィ!?」
ヴィータの言葉に三人の顔色が変わる。だが、ヴィータはそれに反応する余裕は無い。
手の色が変わるほどレヴァンティンを握り締めながら、今の状況を整理する。
太一を斬った後、セイバーはそれなりに距離を開けていた。
近距離攻撃なら距離を詰めることがそもそも無理、
半端な遠距離攻撃なら無視してそのまま攻撃を放ってくるだろう。
カズマの攻撃ならセイバーが攻撃を放つ前に倒せるかもしれないが……
三発放つと再構成する必要があると道中でヴィータは聞いていた。実際、今も再構成の真っ最中だ。
だが、再構成が終わる頃には、相手も攻撃準備を終えるだろう。
ならば迎え撃つしかない。それができるのは、レヴァンティンの最強魔法シュツルムファルケンだけ。
しかし、残るカートリッジはあと一発。ファルケンを撃つには足りない。
もっとも、それを解決する手段も無いわけではない……文字通り、最期の手段がある。
一瞬だけ迷ったものの、すぐにヴィータは決断を下した。
「やるよ、レヴァンティン!」
『Bogenform』
魔力が足りない。カートリッジが足りない。ならば……己が体を以って支払う代価とする。
ヴィータが叫ぶと共に、鞘を当てられたレヴァンティンがその姿を変える。
だが過負荷に耐え切れ無かったリンカーコアが機能を失い、下半身から体が抜けていく。
当然の結果だ。彼女の体は魔力で構成しているのだから。
――だから、自分の体をカートリッジ代わりにできるんだけどな。
ヴィータはやけに冷え切った思考の隅でそう呟いて……
唖然とする三人へ、いつも以上に冷静な言葉を告げていた。
「おい、カズマ。その二人連れて逃げろ」
「ああ!?」
「あたし、これ撃ったら消えっから。
だから、その二人頼む」
突然の発言に、三人揃って息を呑んだらしい。固まっていた。
一番早く立ち直ったのは太一だ。
「なんでだよ! なんでそこまでして……!」
「見捨てたら、はやてに怒られるから」
返ってきた言葉は、太一もドラえもんも押し黙らせるに足るものだった。
彼らははやてを知らない。ただ、ヴィータにとって大切な人だと知っているだけだ。
何よりも、決然としたその表情を止める言葉が思いつかない。
だが、カズマだけは違った。まるで世間話でもしていたかのように、やれやれといった様子で指示を出していく。
「おい、そこのタ……ネコとガキ。
できるだけ後ろに離れろ。巻き込まれたくなかったらな」
「お、おい!」
「悪いな、俺はトリーズナーなんでね……Noとしか言わない男さ!
どんな攻撃してくるかは知らねえが、まとめてぶっ飛ばせばいいだけだ!」
そう言うや否や、カズマは再構成が終わったシェルブリットをセイバーに向けて突きつけた。
無謀もいいところだ。拳一つで、強力な魔力放出に突っ込むなど、自殺行為にも程がある。
だがあいにく、その無謀を止める時間はもうないし……なぜか、ヴィータは止める気にもなれなかった。
「馬鹿だな、お前」
そう呟いて、騎士甲冑を霧散させながら弓を引いた……微笑みながら。
セイバーの魔力充填も、二人が話している間に既に終わっている。
まだ躊躇っている様子だった太一は、ドラえもんが強引に引き摺ってその場から連れ出した。
「勝利すべき――――」
「翔けよ隼……」
「衝撃のォォォォォ!」
開戦の合図が響き渡る。
周囲に広がる風の渦が、否応なしに圧倒的な破壊を予感させる。
ノウブルファンタズム、ヴォルケンリッター、アルター。本来起こりえぬ三つの要素の邂逅が、強大な破壊の源を生み出し。
「――――黄金の剣!」
「シュツルムファルケン!」
「ファーストブリットォォォォオオオオオオ!!!」
そして、炸裂した。
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