「いやーさっきの2人見せ付けてくれましたねー!天下の大ドロボウでもあの2人の愛だけは盗めませんね!」
「………」
「…どうしたんですか?御剣検事??」
「ム…なんでもない…」
「…ひょっとして、大人のマナーがどうとかってまだ怒ってるんですか?お堅いですね~だから顔にヒビが入るんですよ!」
「そ!…そういうアレでは…!!…そして美雲くん!コレはヒビでは無い!」

「まーまー…いいじゃないですか!夫婦いつまでも仲良しなんて、幸せな事ですよ?」
「…あの2人はまだ結婚はしていないが…それ以前に恋人同士でもなかったはずだが…」
「え?けど、お子さんと一緒だったし…て、御剣検事のお知り合いなんですか??」
「な!?…何を言って居るのだ!…あんな非常識で破廉恥な連中、知り合いでも何でもないわ!!」



***

「…ハックション!!!」
「!?…な、なるほどくん!?」
「…ま、真宵ちゃ…」

ぼくは突然のくしゃみで、我に返った。

…ぼ、ぼくはさっきまで、ま…真宵ちゃんと…!

先ほどの行為を思い出し、段々と自分の顔が赤くなって行くのが分った。
目の前に座る真宵ちゃを見ると、真っ赤になってもじもじと恥ずかしそうにしていた。
きっとボクと同じように、さっきまでの行為を思い出しているのだろう…。

「な…なるほどくん…あの…」
「…ど、どうしたの?」
「…あの…い、言いにくいんだけど…」
「う…うん…」
「…は、はみちゃんが…」
「!?」

真宵ちゃんの言葉を聞いてぼくは慌てて後ろを向いた。
そ、そうだった…。ぼくの後ろには春美ちゃんが居るんだった…。

「…は…春美ちゃん…」
「…ひゃ…!!」

春美ちゃんは本当に岩の様に丸まって、背を向けていた。
呼びかけたら驚いて、チャームポイントの髪と共に飛び跳ねて振り向いた。心なしか顔が赤い…。

「………」
「………」
「………」

ぼく達は3人そろって複雑な面持ちで沈黙した。
互いに目を合わせないように俯いていたが、周囲の視線も気になり、ぼくはこの場から逃げるようにボートを漕いでバンドーランドに再入場する事にした。

「人前で…急にあんな事をするなんて…なるほどくんサイテーだよ…」
「わたくし、お二人の逢引には賛成だったのですが…まさかあそこまで熱烈な…」
「…うう…面目ない…」

ぼく達は正面ゲートをくぐり、ウエスタンエリアを歩いていた。
真宵ちゃんには幻滅され、春美ちゃんにはドン引きされ…ぼくは穴の中に隠れてしまいたい気分だ。
逃げるように視線を2人から外すと、そこには見覚えの有る様な気がするが、気がするだけで何の特徴もない良くあるサボテンがあった。

ぼくは何故あんな行動をしてしまったのか…。
そもそも、ぼくと真宵ちゃんはそういう関係ではない。
年齢は7歳も離れて居るし、色気より食い気の彼女は、女性というより少女という感覚に近い。
尊敬する千尋さんの妹という事もあり、真宵ちゃんの事は妹の様に可愛がっている。

…つもりだったのだが…さっきのぼくの行動はどう考えても妹に行うものではない。
男の性欲に任せて妹同然の真宵ちゃんに手を出すなんて…ぼくは大人の男として失格だ…。

「…夜のパレード?」
「うん!夜の8時からあるんだって!パンフレットに書いてあるよ!!」
「…わぁ!この写真のタイホ君をご覧になって下さい!明かりが灯されています!!」
「…タイホ君も出世したねぇ…朝から晩まで引っ張りだこだよ!」
「まぁ…中の人はシフト制で交代してるんだろうけど…」
「中に人なんて居ないの!!!」
「なんのお話ですか?」
「…夢の無い大人の話だよ…」

今は夕方の6時だ。
日は沈み辺りは暗くなり、アトラクションは夜の仕様にライトアップされていた。
真宵ちゃん達が見たがっているパレードが始まるまで2時間もあった。

真宵ちゃん達は明日には倉院に戻る事になっていた。
ぼくと遊ぶ為だけに予定を切り詰めた訳だし、疲れが溜まって明日からの予定に支障を来たしても申し訳ないので、
夜のパレードは諦めようと、真宵ちゃん達に提案する事にした。
もしかしたら、これ以上真宵ちゃんと一緒に居たら今度は取り返しの付かない事になるかも…という不安もあったのかもしれない。

「えー!!やだやだ~!!夜のパレードも見る!!」
「そうですわ!!なるほどくん!!折角の機会ですし、輝くタイホ君も楽しみたいです!!」
「…いやけど。真宵ちゃん達明日から忙しいんだろ?早く帰って休まないと…」
「大丈夫だよ!!あたしとはみちゃんは修行してるから!!」
「修行は関係ないだろ!!!…とにかく、今日はもう帰ろう…ね?…今度は1泊出来るぐらい余裕がある時に…」

「………」
「ま、真宵様…?」
「ほら!…真宵ちゃんは家元になったんだろ??…もう我侭言ってられる立場じゃ…」

「やだ!!!!」


真宵ちゃんは突然大声を出した。俯いたまま着物の裾を握り締めていた。
周囲の人が何事かとこちらを向く程の大声だった…。

「やだやだやだやだやだ!!!!夜のパレードも見る!!」
「…な!何言ってるんだよ!!子供じゃないんだから我侭言うなよ!!!」
「な、なるほどくん!…真宵様!…落ち着いて下さい!!…周りの方々にご迷惑をかけてしまいます…!!」

真宵ちゃんが駄々っ子の様に聞き分けが悪いので、ぼくはカッとなって怒鳴りつけた。
春美ちゃんだけが冷静だったが、小さな女の子の仲裁に力は無かった。

「だから…また今度にすればって…」
「今度っていつよ!!!」
「…!!」
「あたしはもう…家元になって霊媒師として働くんだよ!…復興する為にこれから忙しくなるし…なるほどくんのビンボー事務所とは訳が違うんだよ!!!」
「び、ビンボーは余計だろ!!!…そりゃあ…真宵ちゃんはぼくと違って依頼者が沢山居るんだろうけど…それだったら尚更…」

「…どうして…」
「…?」
「…なるほどくんは、早く帰りたいの…?」
「え…そ、そんなつもりで言った訳じゃあ…」
「…あたし、なるほどくんが遊園地に誘ってくれて、とっても嬉しかったんだよ…なのに…それに…さっき…じゃあどうして…」

真宵ちゃんの声が震えて小さくなって行く…。
しまった!…そう思った時には遅かった…。

「…ふ…ふえ…なるほどくんの…なるほどくんの…分からず屋…うう…」
「ま、真宵様!…まあ!大変です…真宵様…このハンカチで涙をお拭きに…」
「ふ…ふえ…ありがと…はみちゃ…うう…」
「………」

ぼくは泣き出す真宵ちゃんを見て、唖然と立ち尽くしていた。
3年間一緒にいて、逞しい姿を何回も見て来たので…まさかこんな事で泣き出すとは思わなかった。
ぼくは探るように、真宵ちゃんに話しかけた。
あまりにも突然の展開に、ぼくも泣きそうだった。

「…そ、そんなに…泣く程…パレードが見たいの…?…じゃあ…見る??」
「………」
「…だから…泣くなよ…」

「………………もういい…」
「…え?」
「あたし…もう…帰る…パレードは…また今度…はみちゃんと2人で見に来る…」
「ま…真宵様…!?」
「…わ……我侭言って…ごめんね…な、なるほどくん……じゃあ帰ろう…はみちゃん…」
「…真宵様?」
「…ま、真宵ちゃん…」

真宵ちゃんはさっきまでの勢いが嘘の様におとなしくなった。
そして春美ちゃんの手を取り、正面ゲートの方へ歩いて行った…。
ぼくは、2人の後ろ姿を見ていた。
真宵ちゃんの不可解な行動に振り回されるのはいつもの事だったが、こんなにも不愉快な気分になったのは初めてだった。

な、なんだよ…。
あんなに見たがってた癖に…そんなに…そんなにあっさり諦めるなら…最初からそうしろよ…。
急に怒鳴って…泣いて…何考えてるんだよ…。

…そりゃあ…ぼくだって…久しぶりに3人で遊べて楽しかったし…。

もっと一緒に…


「ま、待って!」

ぼくは走って2人を追いかけた。
ちょんまげ頭と不思議な装飾は、遊園地でもすぐに目に付いた。
ぼくは真宵ちゃんの手を取った。
真宵ちゃんは半ば引っ張られる形で、こっちを向いた。

「…きゃわ!?……なるほど…くん?…どうしたの??」
「あ…あの…やっぱり…一緒にパレード見ようよ…」
「…気を使わなくても大丈夫だよ…もう気にしてないし…あたしもちょっと我侭だったと思うし…」
「…い、いや…そういう事じゃない…んだ…」
「じゃあどういう事よ…」
「………」

その後、ぼくと真宵ちゃんは見る見ないの言い争いを無意味に繰り返した。
一体何を見る予定だったのか分らなくなって来た時、春美ちゃんがぼく達の会話に入ってきた。

「…わたくし…向こうのベンチに座っていますので…お2人でゆっくり話し合って下さい。
パレードまで時間はありますし、それからパレードを見るか、帰るかを決めても遅くは無いと思います…」

春美ちゃんの指差す先にあったのは、エリアの境目に設置されているベンチだった。
手すりにタイホ君の装飾が施されているのが見えた。

「そ、そんな…!はみちゃん1人じゃ危ないよ!」
「…大丈夫です…知らない方に話しかけられても付いて行ってはいけないと、母に厳しく言われていましたから…」
「で、でも…」
「………だったら、千尋様を霊媒致します。事情を書いた紙を用意しておけば、千尋様も承諾して下さるでしょう」
「…そ、それなら…安心だけど…」

「………よし!…じゃあ、春美ちゃんの言葉に甘えて…そうしようか…真宵ちゃん!」
「うえ?…な、何言ってるの??なるほどくん!?」

真宵ちゃんは春美ちゃんとぼくのやり取りに戸惑っている様子だった。
ぼくと春美ちゃんを交互に見て、状況を把握しようとしていた。

…ぼくには春美ちゃんの意図がなんとなくだが理解出来た。
そして、それを確認する為に、真宵ちゃんに「先に適当に歩いてて、追いつくから」とだけ告げ、春美ちゃんのもとに駆け寄った。
ぼくはしゃがんで春美ちゃんと同じ視線になった。

「どうか致しましたか?なるほどくん?」
「…春美ちゃん…とぼけても駄目だよ?」
「!?」

春美ちゃんは、手を口に当て髪と共に跳ね上がった。
春美ちゃん特有の驚いた時の仕草だ。
サイコ・ロックは出なかったが、春美ちゃんが隠し事をしている事が分った。

「…本当は、ぼくと真宵ちゃんを2人きりにしたかったんだろ?」
「そ…そんな事…」
「とぼけたって駄目だよ…パレードを見るかどうかなんてジャンケンで決めれば済む事だし、わざわざ霊媒してまでぼくと真宵ちゃんを2人にさせる必要無いでしょ?」
「………流石です。なるほどくん…」
「春美ちゃんにしてはやる事が大胆だし…良かったらどうしてか教えてくれない?」

春美ちゃんは少しだけ俯いて居たが、意を決した様にぼくの顔を見た。
今までに無いぐらい真剣な眼差しで、ぼくは少し戸惑った…。

「…真宵様は、なるほどくんに会えるのを心待ちにしておりました。お誘いの電話があってから、真宵様は見違えるようにお元気になられたのです。」
「…真宵ちゃん…元気なかったの…?」
「いいえ…真宵様はいつも一生懸命な方ですから…笑顔を絶やした事はありませんでした…わたくしの母の件でも気遣って下さいましたし…」

春美ちゃんは表情を暗くした。
葉桜院での出来事は、今でも春美ちゃんに大きな傷を残しているようだ…。

「それに真宵様のお母様を綾里の墓にお迎えしようとして、それに反対する親族の方々と夜遅くまで議論もしておられました。
…真宵様は強いお方ですが、不器用でもあります…一生懸命であればある程、わたくしは真宵様のお体が心配でした…」
「…そうだね…真宵ちゃんは考え込む節があるから…」

「…ですので、わたくしは真宵様に休息を取って頂きたくて、スケジュールを組み直し1日の暇を作りました。
3人で一緒に居た頃の真宵様は本当に幸せそうでしたから…。
真宵様がわたくしの幸せを願って下さる様に、わたくしも真宵様の幸せを願っています…わたくし真宵様のお力になりたくて…」
「……春美ちゃん……」

春美ちゃんは今日一日ずっと真宵ちゃんの望むように行動していた。
そしてボートに乗った時の春美ちゃんの行動を思い出しその真意を理解した。

「なるほどくん…!」
「…どうしたの?」
「わたくし…なるほどくんは真宵様の王子様だと、今でも信じています……これからもそう信じて居ても宜しいですか?」
「………」

それは、初めての問いかけだった。
春美ちゃんはいつもぼくの事を勝手に「真宵ちゃんの王子様だ」と決め付けていた。
それはきっと当人だけが信じてさえすれば、満足だったからだろう。

「ぼくにとって…真宵ちゃんは…」

今までずっと、ぼくは真宵ちゃんの事を妹だと思って接していたつもりだった。
しかし、今日無意識に真宵ちゃんにしてしまったあの行動…そして、帰ろうとした真宵ちゃんの後ろ姿を見た時に駆られた引き止めたいという衝動…。
それにもっと…もっと前から、ぼくの真宵ちゃんを想う感情は妹に向けるものでは無かったのかもしれない…。

「…信じていいよ…」

ぼくの口から自然と出たこの言葉が、答えだった…。
それを聞いた春美ちゃんの笑顔は、今日見た中で1番輝く笑顔だった。

「…では、なるほどくん…早く!早く真宵様のもとへ…!!」
「ああ…そうだね…早く行かないと、はぐれちまう」

ぼくは立ち上がり、真宵ちゃんが歩いていった方へ駆けて行った。
「お2人で仲良くー!」と遠くで春美ちゃんの声が聞こえた。

 

最終更新:2020年06月09日 17:37