途端に千尋の心はすっと萎んだようになる。落ち着いた、というものとは
また違う奇妙な感情が冷たく降りて行ったような感覚だった。舞い上がった自分が
なんだか偉く見っとも無く感じられたのだ。
(…そうよね…ゲロ吐く女なんて…フツーお断りよね…。)
そこで千尋は気づいた。
自分は…落ち込んでいる…のかも知れない。
可愛がられていた。先輩として様々な活躍を見せ付けてもらった。
法廷でチヒロ、と呼んでくれたあの時から、ずっとこの人の事が気になっていた。
いつも軽口でからかわれるのが我慢ならなかった。一人前になって、
早く隣に並びたい。そう思っていた。
でも…それだけでは、なかったのかもしれない。
一人の女として、ちゃんと自分を見て欲しかった。
そう思っていたんじゃないだろうか。
それなのに。最も情けない、最も子供っぽいところを見せてしまったのでは
ないだろうか。
千尋はなんだか泣きそうになったので、残ったコーヒーをぐっと飲み干した。
琥珀色の液体は酷く苦く感じられた。
「俺は向こうの部屋で寝るよ。ベッドは好きに使って構わねえぜ。」
神乃木が立ち上がり、空になったコーヒーカップを手に取る。
「あ、あたしが!」
向こうで寝ます、と下げます、のどちらともつかぬまま、千尋は慌てて立ち上がり、
神乃木に駆け寄る。神乃木は千尋から目を逸らし、いい、とだけ短く答えた。
やっぱり、怒っているんだ。
こんなに世話を焼かせたのに、まだ自分が何かされると思っているような
自意識過剰な女だ。締め出されたって文句は言えないくらいだ。
部屋を出る神乃木の背中を見ると、千尋は酷く居た堪れなくなった。
この人はもう今夜、この部屋には帰ってこない。そう思うと悲しくて、
寂しくてたまらない気持ちになる。
「先輩…」
「そんな顔するな、子猫ちゃん。」
神乃木は千尋の顔を見もしないで言う。
「子猫じゃありません…。」
子猫と同じだ。捨てられた猫がすがり付いているようなものだ。
「アンタにそんな顔されると俺が困る。」
千尋はその意味を図れない。
「どういう…意味ですか?」
だからそのまま聞いた。神乃木はこちらを振り返ってはくれないまま、
そのままの意味だとだけ答えて部屋を出てしまった。

ああ―――。
扉が、閉じてしまった。

千尋は閉じられた扉にのろのろと近づき、そっと手を触れた。
再び開かれるのはきっと朝だ。
その時にはもう、何事もなかったようにコーヒーと新しい服を持ってこられるのだ。
家に帰り、いつも通りの休日を過ごして、月曜日に会うときはいつも通りの
先輩と後輩でいる。今までと何も変わらない。
変わってしまったのは千尋の気持ちだけだ。
否、気づいてしまったのは――というべきなのか。
閉められた扉に両手を添えて、千尋はこつん、と額を寄せ、瞳を閉じる。
彼の背中にそうしたかったように。
そうしたかった。
千尋は、神乃木の背中にこうしたかったのだ、と今更気づいたのだった。
「せんぱい…」
扉に向かってぽつり、と呟く。唇から溢れた想いが、糸のように絡まって
胸をきゅっと締め付けた。扉を開けて、彼を追いかけたい。そんな衝動に
駆られた瞬間に――目の前の扉が開いた。

開いた扉の目の前に立っていたのは、神乃木その人だった。
「せ…先ぱ…!」
「よォ。」
「どうして…。」
「クッ…アンタにそんな声で呼ばれちゃあ…、扉を開けねえ訳にはいかねえさ…。」
そんな声、が果たしてどんな声だったのか自分でも分からないが、
それを聞いて千尋の顔は赤くなっていく。神乃木は低い声で入っていいか?とだけ聞いた。
「…先輩の部屋ですよ。」
千尋は赤面したまま答え、ベッドルームに部屋の主を通した。

扉が閉まった途端、千尋の身体は力強い腕に包まれ、唇は声を上げる間もなく奪われる。
「―――んぅ…っ」
強引に。それでいて優しく、包むようにしっとりと千尋の唇を神乃木のそれがなぶる。
神乃木の舌は千尋の唇を十分に堪能した後、ゆっくりとその内側に忍び込み、
丁寧に彼女の口を支配していった。
唇も、歯も、舌も。千尋のそこに神乃木の舌が触れていないところが無くなる
かのように、神乃木は千尋に侵食していく。
「…は…ぁ…っ」
漸く深く息をつく。頭の天辺がぼおっと霞む。蕩ける、というのは正に
こういう事かと千尋は知った。キスだけでこんなに気持ちいい事があるなんて
思わなかった。甘い蜜を貪るように、今度は千尋から神乃木のそれを求める。
神乃木はそれに応えながら、手を白いシャツの上に置いて豊かな曲線をなぞる。
千尋の身体を守る白い男物のシャツは二人の手で次々とボタンを外されて、
開かれていった。ボタンが全て取り払われ、シャツ以外何一つ身に纏っていなかった
千尋の身体は、男の目の前に露わとなった。
神乃木は千尋の腕を引き、大きなベッドの上へと傾れ込ませる。熱で
浮かされたような後輩は開かれたシャツを半端に腕に通したまま、
為すがままに先輩の上へと引き倒された。
露出した大きな乳房が目の前にぶるん、と音をたてたかのように
揺れ落ちて男を誘う。神乃木は誘いに応じて遠慮なくそこに唇を付けた。
「んっ…」
神乃木の唇が、舌が先程のキスと同じように乳房を愛撫する。男の口の中で
桃色の先端が舌に嬲られる度に、千尋は甘い声を押し殺す。だが神乃木の熱い舌が、
千尋の両房の中心につう、と濡れた線を描いた瞬間に、千尋の限界が訪れた。
「あぁんっ…っ!」
普段の自分からは考えられないような甘く、高い声が見知らぬ家の天井に響く。
葡萄のように実った乳房の間に顔を埋めていた神乃木が顔を上げて笑った。

「クッ…イイ声だぜ…千尋…。」
「やっ!ああっ!ああぁん!」
反論の代わりに高い嬌声で返してしまう。神乃木が再び葡萄の先端を唇で
食んだのだった。男の左右の手は腰を掻き抱き、背中と腰を微弱に守っていた
シャツを捲って千尋のぱつんと肉付きの良いお尻を鷲掴んでいる。
「せんぱ…い…っ!そこ…だめ…っ!」
千尋が逃げて身を捩るので神乃木は追う形となり、いつの間にか上下にあった関係は
均等に正面に向き合い座る形となっていた。但し、千尋のお尻は神乃木の太股の
上に置かれている。
「中味のたっぷり詰まった、イイ尻してるぜ…アンタ。」
「せ、セクハラです!」
千尋が睨みつける。だが、その瞳は既に潤み、目の端が濡れていた。
(俺好みだ、と言おうとしたんだがな…。)
神乃木は薄く笑って悪かった、とだけ言い、千尋の背中を引きよせて
目の前のたわわな果実に再びむしゃぶりつく。
「あっ…んん!…っあ!」
舌が大きな実を濡らすたびに千尋はびくりと声を上げる。乳首に限らず胸の
脇も、胸元も、下乳の付け根も、唇が触れる部分全てが、千尋に強い快感を
促してくる。普段の気の強さからは想像もつかないような切ない声が
千尋の形良い唇から漏れ、神乃木の中心を逞しくさせていく。
神乃木は自分のガウンを開く。胸毛が覆う下、男らしく引き締まった腹筋の
更に下に、そそり立ったものが千尋の目に晒された。

(…せんぱい…の…)
神乃木の上に馬乗りになった千尋の腰の前に屹立しており、幹の力強さは
触れずとも見て取れた。
(すごい…こんなに…)
千尋は思わずこくん、と息を呑む。
「見てるだけ…ってのは残酷だぜ…。」


誘う神乃木の声のままに、千尋は素直に手を伸ばす。
「先輩…硬い…。」
「ああ…アンタを想ってたら…こんな風になっちまった。聞き分けのねぇ
ヤツでな…クッ。」
千尋は両手で包むようにそれを持ち、指先に力を入れる。神乃木が軽く
息を止めたのが判った。
指先から手のひらまで、手の全てを使って千尋は肉棒を包み、そして
扱きはじめた。手の平が厚い。大きくエラが張った先の方に千尋の
人差し指と親指が作る輪が当たる度に、神乃木が浅く吐息を漏らす。
その声が堪らない。もっと、もっと聞きたいと千尋は手の動きを速めていく。
「いいぜ…千尋…。」
神乃木の肌が汗ばんでいる。
普段香水に消されて嗅げることのない神乃木の汗の匂い、肌の香りが
千尋を益々高揚させた。まだ殆ど触れられていないのに、膝の上に乗った
千尋の股間は、既にぬるついている。
「クッ…アンタにも…返さねえとな。」
神乃木はそう言って千尋の乳首に咬み付く。
「ふぁあ!」
千尋の身体がびくん、と跳ねるのを背中を抱いて押さえ、そのまま両尻へ、
否、その中心部へと手を伸ばしていく。唇は強く乳頭を吸い、舐めては
桃色のそれを転がし躍らせる。
「うぁっ!だめっ…!そっ…そこ…ああっ!あんっ!」
千尋がたまらず声を上げる。
「手が留守になったぜ、子猫ちゃん…。確りと捕まえてないと、コイツは
何をするか…わからねえぜ…。」
神乃木は千尋の手をとり、己のそれを再び掴ませる。言われるままに熱い幹を
掴むものの、神乃木の逞しい手が後ろから千尋の肉花を広げ、指を侵食させてくる今、
手元のそれをどうにかできる状態ではない。ただ、ただ、はしたない声を上げる
ばかりであった。
神乃木の指が千尋の中に入り、内側の蜜が掻きだされる。
「んあっ!あっ!やぁっ!ああん!駄目…っ!止め…っせんぱ…っ!」
身体を反らし、倒れないように懸命に、ぬるついた肉棒を掴む。握る手に力が
込められる。神乃木がその刺激に低い声を上げた。
「クッ…悪いがそれはブレーキじゃねえぜ…。」
アクセルさ、と呟いて、神乃木は指の動きを速めていく。充分に濡れている
そこはじゅぷ、じゅっぷと液状の音を立てて千尋の興奮を更に煽った。
「や…へんな音…立てないで…っ!」
「アンタが出してる音…だぜ。」
「い、言わな…あっ!…で…あっ!あん!馬鹿…っ!んぁあ!」
先輩の馬鹿、と千尋は喘ぎながらなじる。
馬鹿と呼ばれた男は腰の上の女を散々叫ばせたその指で、愛液の溢れる蜜壺を広げる。
とろり、としたものが千尋の中から滴る。
「…いいか?」
「…きて…ください…っ」
その願いに神乃木は、ゆっくり、優しく応じていった。

千尋の開かれた肉花に、屹立がじゅぷりと埋まっていく。
「んっ…っ!」
千尋が唇を噛みしめてそれを受け入れる。熱い肉棒を突き立てられ、千尋の内側が
ぞくぞくと歓喜の身震いをした。
「…アンタの中…すごく…いいぜ。」
「先…輩…」
「ずっと…こうしたかった…って言ったら、信じるかい…?」
「…嘘…っ…あっ…!」
「俺は、嘘は吐かねえさ。」
「だって…あっ!さっ…き…っ!軽蔑…した…っ」
「何の…話だ?」
千尋は息を整えることもせずに、神乃木のそれを貪りながら続ける。
「だって…さっき…んっ…呆れてたじゃ…ないですか…!んっ…酔いつぶれて
吐くなんて、駄目な女…って…先輩の…スーツまで…汚しちゃって…!」
こんなことを、こんな時に言うなんてどうかしていると自分でも思っていた。
だが、快楽の喘ぎと共に口にしてしまった自分が居る。どうしようもない馬鹿だ。
今日、何度過ちを犯せば気が済むのだろう。
神乃木の動きが止まった。
止めないで欲しい。勝手なことだが千尋はそう思った。
千尋は離れたくないとばかりに、神乃木との繋がりに力を入れる。快楽以上に、
この男を手放したくないのだ。
神乃木の手が、千尋の頬に触れた。
温かい手だった。
「クッ…確かに呆れたぜ…。男の前にシャツ一枚なんて無防備な姿で現れる
アンタに…な。惚れた女のそんな姿見せられて…我慢できるわけねえ
…だろう?」
「えっ…?…あっ…あんっ!」
神乃木が腰の動きを再開した。千尋は下から突き上げられる形で、熱い
その槌を身体の芯に感じ続ける。
「あんた…馬鹿だな。」

「な…!何で…ですか!」
「そんな事を俺が気にすると思うかい?あんたの惚れた男ってのは、スーツと
玄関を汚されたくらいで、女を軽蔑する…そんなに度量の狭い男だと思うのかい…?
クッ…随分と安く見られたもんだぜ…。」
「ほ、惚れた男って…!」
口の片端を上げて笑う、いつもの貌。
憎たらしいほど格好いい、と思った。
弁護士は口が上手い。こんな言葉一つで千尋の胸は高鳴り、天にも昇るような
気持ちにさせてしまうのだから。
こんなにも千尋を幸せにさせて、そして欲情させる男なんていない。
この男の言うとおりだ。惚れてしまっているのだ。どうしようもなく。
「まだ…嘘だと思うかい…?俺の真実を…。」
「嘘じゃ…ないです…せんぱい…あたしも…好き…!」
神乃木の首に腕を巻き付け、唇を貪る。そのまま腰を沈め、神乃木を深く、
深く味わった。
「あぁ…んっ!」
千尋は腰を揺する。神乃木が千尋の腰に手を添え、上下の動きを促す。千尋に
突き刺さった太い幹が擦れ、抜かれ掛けては再び刺さる感覚が千尋の脳に
霞をかけていく。激しく上下する腰の動きに遅れて、千尋の豊かな胸が神乃木の
目の前で上に下にとぶるん、ぶるんとはしたなく暴れている。神乃木はその先端に
再びむしゃぶりついた。
「あっ!ああぁあっ!だめっ…乳首…っ!吸っちゃ…っ!駄目ぇ!!せんぱ…いっ!」
出るわけでもない母乳を貪っているかのように、神乃木は激しく吸い、
千尋の先っぽを責め立てる。千尋は胸がかなり敏感なようで、イヤイヤを
するように身体を捩じらせる。だが、二人の繋がりは、先ほどよりもずっと
水気が増してしまっていた。神乃木が唇をはがして呟く。
「クッ…グチョグチョだぜ、はしたないお嬢さん…。」
「だ、だって…っ」
「そんなにコイツが好きだったかい?」
「あはぁあん!!」
神乃木がもう一方の乳首に咬み付いた。先ほどと同じように、伸びるほどに
吸いつき、しゃぶり、桃色の敏感な部分を激しく犯し続ける。
「んあっ!あっ!あっ、あぁあっ!」
千尋に早くも限界が訪れた。あぁぁ!という一際高く大きな声に合わせて、
腰ががくがくと引き攣る。水から上げられた魚のように唇をぱくぱくと
開いたその姿は、絶頂が身体を支配している事を示していた。

「クッ…千尋…アンタ…最高だぜ。」
往ったばかりの処に追い打ちをかけるように、神乃木は千尋を押し倒し、
ベッドに倒れ込む。女の重みが無くなった分、腰の動きが自由になり、動きが
スピードを増していく。千尋の中と入口を交互に責め立てるその動きに、
千尋は大きく股を開き、足を宙に浮かせたまま、無意識に腰を振って応え続ける。
「あぅっ!あんっ!…すごいっ…!あっ!あ…っああん!先ぱい…っ!
気持ちいっ…!いいっ!!」
俺もさ、と神乃木は短く応じ、自分の下にいる千尋の全てに、口付けの雨を
降らせた。
ベッドに横になっても、千尋の腰と乳房は動き、揺れ続ける。
前後にゆさぶられた千尋の身体は滲んだ汗で身体が光り、濡れた瞳と唇からは、
一筋ずつ透明なものが毀れている。ゆさゆさと前後に波打つ乳房は神乃木の
舌によって照り光り、大きく育って固くしこった乳首は、色づいてその身を
主張している。神乃木との繋がりは濡れ光っているどころではない。雨にでも
降られたかのように、しとどに濡れていた。
挿出を繰り返され、千尋の二度目の限界が近づく。
「あぅっ!あん!あっ…だめっ!また…っ!いっ…!!」
「いいぜ…千尋…っ!好きなだけ…イッちまいな…っ!」
千尋の中で神乃木のそれが熱く脈打つ。
「うあっ!あ――――っ!あぁあん!」
千尋の内側がびくびくと痙攣を起こした瞬間に、神乃木も
熱いものを思い切り吐き出した。

神乃木の逞しい腕枕は、今までのどんなものよりも心地よかった。
この人の腕の中に居られる自分が信じられない。そう、思ったままを千尋はつぶやいた。
「なんか…信じられない…。先輩と…なんて…」
「そうか…?俺はずっと予感してたぜ…。子猫ちゃんとこうなる事は…な。」
自信たっぷりな物言いに千尋は反論してやりたかったが、上手い言葉は何も思いつかない。
仕方が無いので
「子猫ちゃんはやめてください。」
とだけ返す。神乃木はそうだったな、と笑って言った。
「じゃあ、アンタも先輩はよしてくれるかい?二人っきりの時はな…荘龍…って呼んでくれ。」
「そ…」
「荘龍、だ。」
千尋ははにかみつつも、神乃木の瞳を見ながらその名を呼ぶ。
「そう…りゅう…さん」
神乃木がいつもの自信満々の、それでいて優しい微笑みを千尋に向ける。
この笑顔が見られるなら、何度でも呼ぼう。そう千尋は思った。
「ああ、そうだ。二回戦からは、そう呼んでくれよな。」
「に…二回戦て…きゃあ!」
問いただす前に千尋の上に神乃木が覆いかぶさり、そのまま唇を奪う。
勿論、千尋に抗えるはずなどなかった。

「クッ…夜明けのコーヒーを旨く飲むには、まだまだメインディッシュの
味わいが足りないぜ…。惚れた女は朝まで楽しませる…
そいつが、俺のルール…だぜ。」
「もう…先輩…。」
「先輩じゃねえ…荘龍だ。」
二人はそのまま、シーツを乱していく。
夜明けまで、そのシーツは乱れたままだった。

最終更新:2020年06月09日 17:35