オカシイ世の中覚え書き

<イージス艦事故>清徳丸の僚船など60隻が捜索に 千葉 (毎日新聞)

何とか生きていて――。千葉県・房総半島沖で起きた海上自衛隊のイージス艦「あたご」とマグロはえ縄漁船「清徳丸」の衝突事故で、行方不明となっている吉清(きちせい)治夫さん(58)と長男哲大(てつひろ)さん(23)の捜索に20日朝、地元・千葉県勝浦市などから漁船約60隻が現場海域に出港した。事故から2日目。港に姿を見せた吉清さんの親族は海に向かって手を合わせ、2人の生還を祈った。

 吉清さん父子が所属する新勝浦市漁協川津支所には午前3時、組合員約40人が集まり、清徳丸の僚船7隻を含む17隻が沖に向かった。

 治夫さんの弟、吉清美津男さん(56)は午前1時ごろ港に姿を見せた。自宅で床に就くと、「寒い、助けてくれよ」と哲大さんが叫ぶ姿が頭に浮かんで眠れなかったという。

 事故前日の18日、吉清さん父子は大型のカジキマグロを釣り上げ、哲大さんが「おっちゃん、(水揚げ作業を)手伝ってよ」と元気な声で電話してきたという。その夜、港で一緒に作業をしたのが2人に会った最後となった。

 美津男さんは腰を痛めており、捜索には参加できない。「自分が海に出られないのは悔しいが、何とか見つけ出してほしい」と話した。海上自衛隊からは家族に捜索状況についての説明がなく、「報道でしか様子が分からない。一体どうなっているのか」と不満をあらわにした。

 僚船の「金平丸」の船員、市原仁さん(38)は「今日は風が強いし、現場海域の水温は約15度と低い。時間がたっていて厳しいかもしれないが、最後まであきらめない」と話した。

 「康栄丸」船長の中ノ谷義敬さん(62)は出港時、報道陣に漁船の航海灯をつけたり消したりしてみせた。「この明かりは事故に遭わないための漁師の命綱。清徳丸も港を出る時は照明を全部点灯していた」と話し、漁船側に落ち度はなかったと強調した。

 治夫さんの叔母(75)は「頼むから2人を見つけて」「現場に行ったら、哲大の名前を大きな声で呼んでやってくれよ」と目に涙を浮かべて出港を見送った。

 現場海域は風と波が強まり午後1時には全漁船の帰港を決めた。【浅野翔太郎、駒木智一、佐々木洋】

 ◇親族ら、バスで館山へ

 また、吉清さんの親族や漁協関係者ら約10人は20日午前、千葉県勝浦市からマイクロバスで館山市に向かった。清徳丸は館山湾沖にえい航される途中で、家族が「船を見たい」と希望したため。

 清徳丸の船体は、館山湾の沖約200メートルに停泊しているクレーン台船につり上げられ20日午後、横須賀海保による実況見分が始まる見通し。【吉村建二】

[毎日新聞2月20日]

[ 2008年2月20日11時51分 ]

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最終更新:2008年02月22日 11:59