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 ☆雑誌「Quiz Park」vol.1に掲載した記事の再録です。

 

 プレーヤーだけではなく、さまざまな形でクイズに関わる方にインタビューする「Key Person」。

 

 現在、ほとんどのクイズサークルで主に行われているのは、ミリオネアでもタイムショックでもなく、早押し機を使った早押しクイズです。
いわばクイズサークルの生命線とも言うべき早押し機、市販のものもあります。しかし、多くのサークルで使われているのは、早押し機の製作を請け負ってくれる方、通称「職人さん」の手によるものです。

 今回は、代表的な「職人さん」のお一人、特に関東の大半のサークルの早押し機を手掛けた高畠操一(たかばたけ そういち)さんに、メールにてインタビューしました。

 

「まず、高畠さんご自身についてお伺いします」

 

―――高畠さんがクイズに興味を持たれるきっかけは、どんなことだったんですか?

 父親がクイズ好きでよく観ていましたから、自然と自分も観るようになってしまいました。小学校高学年頃にはすでに、アニメとかよりクイズ番組を選ぶようなイヤな子になっていた(笑)。
しかし、なんといっても決定的だったのは、やはり私も例に漏れず、「第1回アメリカ横断ウルトラクイズ」です。あのスケールに、ぶったまげました。毎年放映されるにしたがって、「ぜひ出たい!」という熱は高まっていきました。
そう、私は“クイズマニア”ではなく、“ウルトラクイズマニア”なのです。

 

―――高畠さんが所属した/しているクイズサークルはありますか?

 過去には、出身大学のクイズ研究会。そして現在は、社会人サークルの「クイズ部」に所属しています。
あと、“クイズサークル”とはちょっと違いますが、一緒に旅をした12回ウルトラクイズメンバーたちとは、16年たった今でも仲良く時々集まっています。


―――高畠さんご自身がクイズをプレイしてきた中で、一番印象的なことは何でしたか?

 自分自身のことで恐縮ですが、「第8回ウルトラクイズ」で、ハワイの綱引きクイズで負けたこと。もちろん、誤答してしまいチャンスを生かせなかった自分が悪いのですが、ここでのルールが「ホントにシミュレーションしたの?」と思えるような詰めの甘さがあったため、余計に悔しい(笑)。
帰国してからもしばらくはボーッとしてしまうほどでした。思い出すと今でもため息が出ます。これが一番印象に残ることなんて、ちょっと寂しいですねえ…。

 

―――高畠さんは初期の「Man of the Year」にも関与されたそうですが、思い出話などありましたらお願いします。

 ☆Man of the Year=毎年12月に開催されていた学生クイズ王決定戦。最も歴史あるクイズイベント。関東の大学の2・3年生が集まった「日本学生クイズ連盟(学連)」が主催していた。2005年度の第23回を最後に休止中。

 私が大学に入学した年、1983年からマンオブが始まりました。第1回は一出場者で、結果は第2ラウンド落ち。
翌年から学連委員となり、第2回、第3回はスタッフとして関わりました。特に第2回は司会を命ぜられ、会場である大隈講堂の舞台に立つことに。この年は雑誌「パズラー」で開催告知したこともあってか多くの人が集まり、開演前は心臓バクバクだったのを覚えています。そうそう、最近のマンオブは2人で司会を務めているようですが、当時は“ピン”だったんですよ。
準備段階において、学連メンバーのアパートに集まり、徹夜で問題選定や進行打ち合わせをしたことなど、学連での活動は学生時代のとてもよい想い出です。
マンオブがここまで大きく、権威ある大会に育つとは思ってもいませんでした。創生期を微力ながら支えた一人として、感慨深いです。

 

―――道蔦岳史さんの著書「TVクイズで10倍儲かる本」にも高畠さんが紹介されていますが、その当時の(道蔦さんらとの)思い出話などありましたらお願いします。

 ☆道蔦岳史さん=1978年にテレビ番組に出場して以来数々の番組で活躍、14冠を達成した往年のクイズ王。現在は「クイズ$ミリオネア」「オールスター感謝祭」「バッテンクイズ HEXAGON~ヘキサゴン~」などの制作スタッフとして活躍中。

 道蔦さんと初めてお会いしたのは、第8回ウルトラクイズでです。ハワイの綱引きクイズで敗れ、一緒に帰国しました。
ウルトラクイズの旅の間は毎晩、ホテルの誰かの部屋に集まって酒盛りをしていましたが、その時、数々のクイズ番組に出場された経験談など、いろいろとお話を聞かせていただきました。お互いの家がものすごく近所であることがわかって、ビックリもしました。サインをお願いしたかったのですが、これは何となく言い出せなかったなあ…。
その後道蔦さんがクイズに関しての本を出版することとなり、早押し機の回路掲載について協力させていただきました。
出来上がった本を1冊いただきましたが、1ページ目にサインが書かれていました。ウルトラの旅の時にもらい損ね、今さらサインくださいとも言えなかったので、これはうれしかったです。

 

 

 ☆高畠さん製の早押し機(quiz_too_fun所有)。隣は文庫本。
上部に三つついているスイッチは、それぞれリセット、ブザー(誤答音)、チャイム(正解音)。
側面には、音量ツマミやライン端子(スピーカーに接続して大音量でチャイム・ブザーを鳴らすことが可能)などがあります。

 

「では、そろそろ本題の”早押し機”のことをお伺いします」

 

―――「早押し機を作ろう」と考えたきっかけは何ですか?

 もともと私は、ラジオ少年だったんです。小学生の頃は「子供の科学」などを見ながら、ごく簡単なラジオを作ったりして遊んでいました。中学・高校時代もこの趣味は続き、大学へ進む頃には、それなりの知識と工作力を身につけていたと思います。
その頃(中高生の頃)、早押し機を作ろうという発想はまったくありませんでした。周りにクイズ好きの友人がいなくて、一人寂しく「クイズグランプリ」などの本を読んでいたという状況ですから…。大学でクイズ研に入って、早押しクイズの楽しさを知った、という訳です。
その時使っていた早押し機は、クイズ研とは関係のない、工学部の学生に作ってもらったらしいのですが、ボタンとかが早押しに向いていないものが使われていたり、誤動作も多かった。ランプが同時に点いてしまったりとか。そこで、「俺が新しいのを作ってやる!」と作ったのが最初です。


―――最初に作った早押し機は、どんなもので、どこのサークルで使われたものでしたか?
   また、現在関東では高畠さんの早押し機を使っているサークルが大半ですが、ご依頼が多数くるきっかけとなったのはどんなことでしたか?

 前項で書きましたが、初めて作った早押し機は、自分の大学クイズ研の早押し機でした。ごくシンプルな6端子型。予算がほとんどなかった都合もありますが、わずか6端子でも、当時は十分だったのです。
学連委員になって、他大学のクイズ研と交流する機会が出来ましたが、どこのクイズ研も、早押し機調達には頭を痛めていました。今だったらおもちゃの早押し機を購入すれば凌げますが、当時はそんなものもありません。早押し機なしで活動しているところも少なくありませんでした。
そんな折、早押し機がなくて困っていたある大学クイズ研に、「僕が作ってあげようか?」と言ってしまったのがすべての始まり(笑)。その後は、あいつに頼めば作ってくれると、次第に口コミで広まっていったようです。

 

―――これまで何台くらいの早押し機を作られましたか?
また、最近では1年に何台くらいのペースで作られていますか?

 自分の大学クイズ研用に、初めて作ったのが1984年。それからちょうど20年たちましたが、その間に50台くらい作りました。
ここ数年は、だいたい年に3~4台くらいの製作でしょうか。
そういえば、2002年に関東ローカルで「天」というクイズ番組が放送されましたが、出場していたサークルの活動紹介VTRを見てビックリしました。ほとんどのサークルが、私が作った早押し機を使っていたんです!「ああ、そういえば、このサークルのも、あのサークルのも作ったなあ」と、自分自身で感心しちゃいました。

 


 ☆ボタンを2つつなげてみました。最大で16個までボタンをつなげることが可能です。
ボタン一つの大きさはだいたい手のひらサイズ、名刺くらいの大きさ。
弁当箱程度の箱に電球をつけたビッグバージョンもあります。

 

―――早押し機にも色々な種類がありますが、高畠さん製の物はどんな種類がありますか?

 ボタンが押されるとチャイムが鳴って、1番目に押した人(または2番目に押した人)のランプが光るという、きわめてシンプルなものを製作しています。
早押し機とは、一定の場所に設置して使うものではなく、持ち運んでいろいろな場所で使うものです。ボタン端子はバシバシ押され(叩かれ)、機械モノとしては、たいへん悪条件下で使用されるので、故障や誤動作を抑えるために、シンプルなものがベターだと考えます。

 

―――早押し機を作るにあたって楽しい点、大変な点があれば教えてください。
楽しい点というのは、ありません(笑)。大変な点は、やはり納期。プレッシャーがかかります。

 

「それでは、今後のことをお伺いします」

 

―――早押し機以外にもクイズの道具を作ってみたことはありますか?また、作ってみたいものはありますか? 

 大声早押し機、ウルトラハットなど作りました。ウルトラハットは、立ち上がる機構部分の工作がとても面倒で、もう作りたくありません。
こういったシステム的なものではなく、ちょっとした便利グッズ的なものも多く作りました。例えば、イントロクイズで、早押しボタンが押されると音楽を止める(MDプレーヤをポーズにする)装置とか。

 

―――今後、「こんな早押し機を作ってみたい」というようなものはありますか?

 作ってみたいというか、こんなのが出来たらいいなという夢は、完全ワイヤレスな超多人数型早押し機かな。大会場で、観客席の人たち全員にワイヤレス早押し端子を渡し、全員で早押しする。実現したらエキサイティングですね~。無理だけど。

 

―――高畠さん製の早押し機が欲しいという方がいた場合、現在お受けして頂けますでしょうか。また、標準的なモデルでどのくらいの期間・費用がかかるか教えてください。

 なるべくお受けしたいと思っています。早押し機のないサークルの辛さを知っていますから、力になってあげたいなと。
ただ、早押し機の製作はあくまでも趣味の一環ですので、状況によってはお断りすることもあると思います。その時は…申し訳ありませんが、あきらめてください…。
お引き受けした場合、だいたい2ヶ月くらいが完成の目処です。しかし、なかなか予定通りに行かず、長引いてしまう場合が多いのが現状です。完成を心待ちにされているのに、大変申し訳なく思うのですが…大目に見てやってください…。
製作費は、一般的な小型16端子で50,000円ほどです。

 

―――最後に、高畠さん製の早押し機を使っている皆様に何かメッセージをお願いします。

 “クイズ”は、一人で続けていくことが難しい趣味です。というか、一人でやっていてもあまりおもしろくない…。
私が学生の頃は、大学を卒業してしまうとその後は、“みんなでクイズを楽しむ場”が存在していませんでした。クイズ人口も少なかったし、インターネットのような情報網もなかったので、横の関係を作りにくく、社会人サークル設立は難しかったのです。
今のように、サークルもたくさんあり、オープン大会が毎週のように開催される環境というのは、とても素晴らしいことです。
それぞれのサークルで、また、サークルの枠を超えたオープン大会で、皆さんが楽しまれる“クイズ”の一端を、私の早押し機が担っているとしたら、ちょっと大げさですが、製作者冥利に尽きることこの上ありません。

 皆さんと共にある早押し機、末永くかわいがってやってください。

 

―――お忙しい中インタビューにご協力いただき、本当にありがとうございました。

*高畠さん作成の早押し機ですが、quiz_too_funでレンタルを行っております(使用1日あたり2000円)。 「イベント/サークル/レクリエーションでクイズをやってみたい」という方、気軽にご相談ください。
また、高畠さんに早押し機作成をご依頼したい方がいらっしゃいましたら、当方までご一報ください(quiz_too_fun阿斗nifty.com→阿斗を@に変換願います)。責任持って高畠さんにご連絡いたします。

 【編集:橙武者】

 

 

  
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