休刊、廃刊雑誌

本ページではすでに休刊、または廃刊により発売停止されている雑誌の紹介をしています

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ゲーム批評

1994年よりマイクロマガジン社から隔月(季刊だった時期もある)で発行されていた小冊子サイズのゲーム雑誌。角川書店の「マル勝PCエンジン」のスタッフが主となって編集している。
コンセプトは、ちゃんとゲームをプレイして公平に評価し、特定のゲーム会社寄りにならないようゲーム広告を入れない、と言う従来のゲーム雑誌と差別化を図った革新的なもの。
それにより、他誌とは異なる視点からの批評もあり、他誌では触れられないような際どい内容の記事などもあり、その点は評価されている。
しかしその反面、当時のネット中心のアンチスクウェア風潮に乗るためとはいえ病的とも言えるアンチスクウェア記事の多さなど、本当にプレイしたのか?と思えるような言いがかりかつ一方的な批判記事も多く、必ずしも公平であったとは言い難い。
むしろ本誌はがっぷ獅子丸の「悪趣味ゲーム紀行」によるクソゲーやバカゲーの特集記事が好評で、クソゲーにスポットライトを当てクソゲーブームを作り上げた功績を高く評価する向きがある。
2006年4月をもって休刊 *1

悪趣味ゲーム紀行

ゲーム批評内で、がっぷ獅子丸氏により連載されていた4ページほどのコラム記事で、単行本も3冊出されている。記念すべき第一回は『暴れん坊天狗』だった。
面白さよりは奇妙さや怒りなどが印象に残るようなゲーム、それにまつわるエトセトラを紹介していく、というテーマで執筆されており、世間では埋もれていたクソゲーやバカゲーの魅力(?)を掘り起こしたという功績がある。
獅子丸自身が『大江戸ファイト』という格ゲー界屈指の怪作に関わっていたためか、ゲームとしての出来を通り越して何かが突き抜けていた作品(『デスクリムゾン』『ラブクエスト』など)にむしろ賛辞を送る一方、『花のスター街道』などには半ば本気で呆れ返っていた。
ただアウトロー気取りと言うか中二病と言うか、「あるゲームを作る際に国宝級の般若面を借りたのだが、若気の至りで壊してしまったので黙って返した」だの「火だるまの参考のために自前でスタントをやろうとしていたら警察の方のお世話になった」だのと言った懺悔と称した事実上の自慢話を単行本で書き下ろしており、そこはさすがに笑えない。
がっぷ獅子丸氏は、ウエストン入社によってゲーム製作者となり、『オーライル』『ジ・アンソルブド』などの開発に関わったらしい。
どうも相撲好きだったらしく、相撲ゲームをレビューした際に「あのチカラビトたちの魅力をちゃんと再現したゲームは出ないものか」とこぼしている。

GAME SIDE

マニア向けゲーム雑誌。マイナーな良作やバカゲーを、数多く発掘したという功績がある。
レトロゲーム紹介誌として1996年から発行された、『ユーズド・ゲームズ』を前身とする。何度かの誌名の変更や姉妹誌との合併、季刊から隔月刊への変更、発行元のグループ再編などを経て『GAME SIDE』へと至る。
ユーズド・ゲームズ時代は、旧世代機(当時はPS時代だったのでSFC以前)のマイナー良作の発掘のみに絞った内容だったが、後発雑誌『ナイスゲームズ *2 』との合併を経て『ユーゲー』と誌名変更して以降、現用機種(PS以降)のゲームも積極的に扱うようになった。
良作を再評価するという誌面構成ゆえに、中古ゲーム相場への影響力が強かった。最盛期には、紹介されたゲームの中古価格が高騰するという現象が起きたので、同誌を毛嫌いするゲームマニアもいたらしい。
末期には、ライターの質の低下やあからさまなネタ切れが顕著となり、すっかり精彩を欠いてしまった。
再度の季刊化や誌面の刷新などで延命をはかったが、2010年7月3日発売の8月号(Vol.24)をもって休刊。同年10月より、扱うジャンルをSTGのみに絞った『SHOOTING GAMESIDE』として、リニューアル創刊した。

ゲーメスト

1986年から1999年にかけて、新声社から発売されたアーケードゲーム誌。
創刊当時は隔月刊誌(二ヶ月に一冊)だったが、1987年から月刊化、1994年以降は月二刊化(一ヶ月に二冊)発売であった。
当時のゲーム雑誌の中でも、他のアーケード誌が極めて少なかった為、アーケードゲーマーにとっては必勝バイブルと呼べる存在だった。
新着ゲームに関する紹介・攻略はもちろんの事、全国のハイスコア掲載から常人ゲーマーでは理解不能なマニアックネタまで、様々な情報がこれ一冊に詰まっていた。
しかし、無謀な多角経営が新声社の経営を圧迫し、ゲーメスト自体も対戦格闘ブーム沈静化の波に呑まれ売り上げが低迷(それでも廃刊まで赤字は出ていなかったという)、1999年8月30日号をもって、新声社の倒産と共に消滅した。なお、最終号には特に廃刊の情報は無く次刊予告もされており、いかに廃刊決定が急だったのかが伺える。
ゲーメスト亡き後は、一部旧ゲーメストスタッフがエンターブレイン(当時はアスキー)にて事実上の続刊「月刊アルカディア」を創刊する事になる。
本誌を語る上で絶対外せない特徴として、記事の誤植の多さ、内容が神の領域である事が述べられる。
特に対戦格闘ブーム期あたりの誤植っぷりは凄まじく、「いかに素晴らしい誤植を発見するか」という、他の雑誌ではあり得ない楽しみを持っていた。
有名どころとしては「インド人を右に(正:ハンドルを右に)」「ザンギュラのスーパーウリアッ上(正:ザンギエフのスーパーラリアット)」などがあり、今でもゲーメストの誤植は誤植界の首領、神とまで例えられる程である。 *3
この誤植をカプコンが気に入ったのか『CAPCOM FIGHTING Jam』ではサンギエフがミッドナイトプリスになった時の女の子を「ザンギュラちゃん」と命名している。
なお、Googleなどで「誤植」と検索すると、かなりの割合でゲーメスト関係のリンク先が出てくるので、もしよければ是非試してみよう。
基本的に笑える誤植ばかりではあるのだが、中には洒落にならないものもある。漫画家中平正彦によるストリートファイターIII漫画『RYU-FINAL』において飛び出た「確かみてみろ!」である。
最終回最終ページの大ゴマでのしめの台詞というところで飛び出した代物だけに作者に与えた迷惑は半端なものではない。ちなみに、連載スタート時にもいきなり誤植でスタートしており本当にどうしようもない失敗をされているわけである。
なお本雑誌の読者投稿コーナーは絵と文章両方の投稿レベルが高いという非常に稀有な例であり、イラスト投稿者の中には『ケロロ軍曹』の吉崎観音や『鋼の錬金術師』の荒川弘、『かんなぎ』の武梨えりなどが居る(同誌専門だったわけではないが)。
イラストが関係する業界からも注目されていたようで、イラストコンテストで最優秀賞を取った人物をヘッドハンティングするといったこともあった。
文章投稿は、通常のお笑い系の他、議論系を中心に据えていたのが特色。例えば「ゲームセンターは不良のたまり場」という先入観がまだ根強かった当時を背景に、ゲーム好きな投稿者と、ゲームに偏見を持つ親や教師とのやり取りを描いた体験談は常に読者の反響を呼び、同じような境遇にあった読者からの応援や、逆に「投稿者にも非がある」とする読者からの批判などが投稿され紙面を彩った。ファンも多く、要望に応える形で後に読者投稿コーナーのみを纏めた別冊(ムック)が出たほどだった。

コミックゲーメスト

その名の通りゲーメストの新声社から出ていた、主にアーケードゲームを原作とする漫画を連載していた雑誌。刊行期間は1993年~1997年。オリジナル作品も多数あったが、ここでは特に触れずにおく。
最初は隔月刊、途中から月刊化された。カプコンとネオジオの格闘ゲーム全盛期においてシューティングゲームや基板出回りの少ないマイナー作品をも多数漫画化していたが、終盤はKOF等ゲーム原作の漫画を載せる雑誌ならどこにでも連載されるメジャーな格闘ゲームの漫画ばかりになってしまった(例外はティンクルスタースプライツぐらい)。
盛衰の激しいアーケードゲームの漫画を連載していたが、長期連載するとゲームの「旬」が過ぎてしまうため、ストーリー未完のまま終了したり、休載となる作品も多かった。1997年の休刊号時に未完だった作品に関しては、新しいゲーム漫画雑誌を創刊し、そちらで連載を継続するという予告がなされていたが、その新雑誌は創刊されることがないまま出版社が倒産してしまった。
お便りコーナーは掲載ごとに点数の得られる「ジャンプ放送局」のような(と言って通じなかったらどうしよう)ポイント制が採用されていたが、このポイントの説明にのみ出てきた「コミゲ券」なる物が結局最初から最後まで存在しなかった事で有名。
一定のポイントを溜めるごとに何らかの景品が編集部から送られて来る・コミゲ券と交換する予定だった模様だが、当時ポイントにはプラスポイントとマイナスポイントが有り、「個人のポイントはプラスとマイナスを合算したポイントで集計」していた事と「景品はプラスのみの嬉しい物とマイナスのみの不名誉な物(予定)」という点で話がややこしくなる為、もとより実現は難しいと思われる。
以下は解釈に誤解があるかも知れないが、もし実現していたら、例えば+100の景品と-100の景品が有ったとして、「+101、-100の計+1」の人は両方交換してもランキングは「+1、-0の計+1」の人と一緒な事に変わりは無いし、片方とだけ交換して一気に上位あるいは下位に躍り出てもいい。もし「+1、-100の計-99」ならそのまま下位を突っ走るか不名誉な景品を貰ってリセットするか。
他にも、読者投稿形式の「ゲーパロ4コマグランプリ」にはしばらくの間はゲームメーカー枠(スタッフからの作品)も有った。単行本版ではプロの漫画家による書き下ろしも追加された。
なお、連載されていた漫画のひとつストリートファイターZERO2を基にした『さくらがんばる!』に登場したオリジナルキャラクター神月かりんは後にゲームに逆輸入されている。

光栄ゲームパラダイス

光栄(現コーエーテクモゲームス)が1993年から1994年まで発行していた自社ゲーム専門の投稿雑誌。後にも先にも書店販売された固有メーカーが自ら専門誌を出した唯一のケースである。
発行直前に爆笑三国志を起点とした爆笑○○シリーズが好評を得ていたことから出版部門がイケイケになっていたという事情もあるが、何度かリニューアルが行われているが結果は出なかった。その後は「歴史パラダイス」「DaGama」「歴史ファンワールド」と続くがいずれも短命に終わっている。
なぜかログインと結びつきが強く常連投稿者が少なからずかぶっている。
知名度が極端に低い雑誌であるが、三国志のネタ武将・曹豹血盟軍ネタだけは今でも受け継がれている。

CONTINUE

太田出版から刊行されていたマニア向けゲーム誌。2001年創刊。サブカルチャー的切り口でゲームを扱う異色のゲーム誌。
同じく太田出版から発行された「超クソゲー」のライター陣が編集に参加し、その流れで年に1度「ゲーム・オブ・ザイヤー」「超クソゲー大賞」といったアワードを誌上で開くなどゲームオピニオン面に貢献したが、2007年を境に「面白いゲームが無い」と言う理由でゲーム系記事を大幅縮小、誌面内容を総合サブカル誌へとシフトしていく事になる。
更に2010年には遂に編集長が「ゲームなんて別に好きじゃないんで苦痛だった」とぶっちゃけゲーム誌脱却を発表、同年7月発売号より誌名を「OTOME CONTINUE」と改め女性向けサブカル誌へとリニューアルしたが、翌2011年のVol.6をもって休刊した。

月刊コミックボンボン

講談社から発売されていた児童誌。1981年創刊。小学館の児童誌「月刊コロコロコミック」の競合誌で、価格・版型・厚さも同等であった。
日本サンライズ(当時)とはロボットアニメのコミカライズを連載するなど結び付きが強く、ガンダムにおいては他誌を圧倒していた。ガンプラを中心にしてプラモ記事も充実しており、連載漫画『プラモ狂四郎』は大ヒット作となった。
特徴としてはコロコロと比べて比較的ディープな分野を扱うことが多く、ガンダムの他にも『新世紀エヴァンゲリオン』 *4 やGIジョーなどのフィギュア関連、邦画の紹介など児童誌にもかかわらず、かなりマニアックな方面での記事が多かった。
掲載されている漫画もコロコロより対象年齢が高めのものが多く、比較的高い年齢層に受け入れられた作品も多い。エロティックさや鬱展開もあるその独特な雰囲気は『ボンボン臭』と呼ばれている。
ゲームの漫画化も数多く行い、マリオの漫画でも珍しいシリアスな展開に定評がありマリオ漫画の織田信長と評されている程の高評価を受けた本山一城版『スーパーマリオ』、ハードかつ熱い展開で今なおロックマン漫画の傑作とも言われる岩本佳浩版『ロックマンX』、女神転生本来の雰囲気をそのまま盛り込み、凄まじい暴力描写によって児童誌のベルセルクと呼ばれるまでに至った『真・女神転生デビルチルドレン』、恐ろしい改変でファンを困惑させた『餓狼伝説』など、掲載していた作品は非常に特徴的であり、今なお名作・迷作問わず語られることが多い。
しかし単行本化していない作品が多いため、復刊ドットコムでは多くの作品がリクエストされている *5
SDガンダムブームが起きた90年代にはコロコロの発行部数を上回る時期もあったが、児童向け雑誌ゆえのディレンマから対象年齢が一定せず、また編集部の迷走から記事や掲載漫画の質が急降下し、それに連動して部数も激減してついに休刊に追い込まれた。

  • 85~89年
    • 『ファミコン風雲児』、『ファミ拳リュウ』連載。
  • 91~95年
    • コロコロと平行して『マリオ』『ストリートファイター』『ぷよぷよ』などを扱っていた本誌だが、91年の『ロックマン4』より、コロコロには無いロックマンシリーズとの本格的なタイアップを行い、コミカライズも掲載するようになる。
      • 特にロックマンXシリーズは、ゲームのコミカライズとしては非常にハードな作風で話題となり、後にゲーム開発側にも影響を与えるようになる。
      • 伝説の迷作『ボンボン餓狼(通称:ボンガロ)』が連載されたのもこの時期。
  • 96~97年
    • Xシリーズのみならず、非タイアップのオリジナル漫画にも週刊少年誌並にハードな作品が増えていき、児童誌とは思えない程独特の雰囲気を持った雑誌となっていく。
      映画によりブームとなったエヴァンゲリオンや、そのエヴァとガンダムが共演する『スーパーロボット大戦F』も扱うようになる。
      更に漫画と連動したゲーム企画『メダロット』シリーズも開始された。
    • この時期、コロコロが『ポケットモンスター』を扱い始めた事やミニ四駆ブームが始まった事で本誌の転落が始まったという声もあるが、部数を見る限りこの時期は特別減少してはおらず、現状維持という程度だった。
      これはライトなコロコロ、ディープなボンボンでしっかりと扱っていた話題が分れていたためと思われる。
      しかしコロコロの部数は3倍に跳ね上がっており、圧倒的な差が付いたのも事実であり、これが98年の大規模な紙面刷新へと繋がる事になる。
  • 98~02年
    • 『ロックマンX』『スパロボ』をはじめ、オリジナル・タイアップ問わず殆どの連載作品が打ち切られた。
      さらにロックマンは出月こーじ氏による『8』『&フォルテ』のコミカライズ終了以後はシリーズ自体がほぼ扱われなくなる(『ソウルイレイザー』が少し紹介された程度)。その後『エグゼシリーズ』からはコロコロに場を移したのは言うまでもない。
    • 代わって様々なゲーム・ホビーとのタイアップ漫画ばかりが次々に載るようになる。しかしその殆どはヒットせず、次々と打ち切られていった。「その1作だけで以後まったく載らなかった」という作家が非常に多いのもこの時期。
      • 『携帯電獣テレファング』の様に人気はあったらしい *6 にもかかわらず漫画は2から作者を変更し、しかもすぐに打ち切る(因みにどちらの作者もそれっきり)という不可解な扱いを受けたゲームもある。
    • 「読者参加によりRPGを作る」という企画でありながらゲーム・漫画共にボンボン究極の恥さらしとして罵られる『クロスハンターも、この頃誕生している。
    • とはいえメダロットの展開は続いており、『デビルチルドレン』『ロボットポンコッツ』の様に数年に渡って続いたものもある。「下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる」ではあるが。
      • 因みにそのメダロットシリーズに関しても、『メダロット・navi』の漫画は打ち切られている。
    • オリジナル作品では『サイボーグクロちゃん』が特に有名であり『ロボットポンコッツ』にゲスト出演したこともあった。
      アニメ化もされ人気を博したが、放映延長が決定した直後に制作会社が倒産して打ち切り同然に終了する *7 という何とも切ない結果を迎えている。
    • マンガ『幻想世界英雄烈伝フェアプレイズ』は、GBAソフト化を前提としておりドラマCDやWEBアニメも作られたのだが、ある日突然マンガを含めた全ての企画が打ち切られ、ゲーム化も有耶無耶になってしまった
      似たような企画でありながら、曲がりなりにもソフトは出た『クロスハンター』より酷い扱いである。
  • 03~05年
    • この頃から『MMR』で有名な石垣ゆうき氏などマガジンなどで連載を持ったことがある漫画家が目立ち始める。
    • 上記の人気タイアップシリーズが軒並み終了し、更にガンダムシリーズも『機動戦士ガンダムSEED』以降は角川書店に完全に主導権を奪われてしまった。
      • ちなみに今なお原作のファン・アンチ双方から評価の高い、高山瑞穂氏の『機動戦士ガンダムSEED』『同・DESTINY』の漫画版が掲載されていたのはこの時期。
    • この頃『真型メダロット』が発売されているのだが、既にほるまりん氏の漫画が終了していたこともあったせいか殆ど扱われなかった。
      また『ロックマンX』など、かつての人気連載作品の復刊も行われたのだが、本誌では一切触れられなかった。
    • コナミのゲーム『ムゲンボーグ』の漫画は「これから最終決戦」という所で終了しており、単行本3巻にて真の最終回を描き下ろすと宣言されたのだが、なぜかその3巻自体が発売されず、後に読者ページで自虐ネタに使われていた
    • あまり知られていないが『メトロイド』の漫画が連載されたこともある。物語の後半は単行本化していないのだが。
  • 06~07年
    • 版型が大きくなり、『ガンダム』『ゲゲゲの鬼太郎』『デルトラクエスト』以外のタイアップをほぼ全て手放し、新たに『ネギま!?neo *8 』の連載を始めるなど、迷走は留まるところを知らなかった。
      更に「モーニング」「アフタヌーン」などの非少年誌で執筆していた作家がメインで描く様になり、その児童誌とは思えぬ妙に濃い連載陣は姥捨て山と揶揄された事もあった。
      07年には漫画家の石川じゅんが自身のサイトでボンボンが休刊するということをしれっとリークしたことが話題となり、そして同年11月、休刊を迎えた。
      他誌への移籍作品は上記の3作以外は全て打ち切られており、講談社漫画賞の受賞作まで打ち切ってしまっている。また、移籍したと言っても『デルトラ』以外は結局打ち切りのような終了となっている。
      これらの変遷を見ればわかるとおり、晩年は不可解な打ち切りを受けた作品・作家が多く、00年からは『クロスハンター』のような低級漫画を平然と載せていたりと、編集部がどんどん迷走していたことがわかる。
  • コロコロのようなおもちゃとのタイアップによる部数上昇を目指して、大きなアドバンテージであった質の高い漫画を次々と打ち切ったのが本誌の転落の始まりといわれている。
  • 98~02年の打ち切りに関しては「雑誌そのものや本来の読者層に影響を与えかねないマニアックな要素を削るために取った方針」と当時の編集長は語っているが、その他誌にはないマニアックさと幅広い層に支持された漫画こそがボンボンの魅力だったため、いかに当時の編集部が本誌の魅力を理解していなかったかが伺える
  • 最終的にはコロコロへの対抗というよりは、かつてのような高い年齢層にも支持される漫画を掲載した“脱・児童誌”を画策して行き詰った感が強い。結局児童は離れ、かつて切り捨てた層も戻ってこなかった。
    • なお、ボンボンが休刊した後は中学生をメインターゲットとした漫画雑誌『月刊少年ライバル』が刊行されているが、ボンボンの後継誌というわけではない。雑誌コードも違う。
  • 後に同誌で連載を持っていた佐藤元などは編集部に対する恨み節をブログやツイッターなどで暴露している。
  • ちなみに、ボンボンで活躍していた漫画家の多くは低年齢層向けゲーム誌「デンゲキニンテンドーDS」や角川書店から発行された児童向け漫画誌「ケロケロエース」で漫画の連載をしている。特に後者ではボンボン作家をかなり多く見かける。
  • なお、児童層をガンダムに引き込んだ実績があるが、皮肉にも2011年にかつてのライバル・コロコロがガンダムとのタイアップを組んでいる計画があることが発表された。
    • 2011年10月9日より放送開始された「機動戦士ガンダムAGE」の掲載紙は角川書店のガンダム専門誌「ガンダムエース」とコロコロコミック。また、放送開始前には少年サンデーにてプロローグ漫画が掲載された。

月刊PCエンジン

小学館より発行されていたPCE専門誌。「月刊コロコロコミック」がハドソンとの友好関係もあってPCE特集の記事をよく組んでいたこともあり、コロコロ増刊「PCエンジンスペシャル」が刊行された。これが好評だったこともあって、1988年11月29日についにPCE専門誌である本誌が創刊されることとなった。
ハドソンから多くの資料が提供されており、ゲームは勿論、技術面(ハード)にも深く踏み込んだ内容が特徴であった。また、読者コーナー(特に投稿イラスト)は当時のゲーム誌でもトップクラスの出来だった。
本誌はPCE専門誌の中で最高の売上を誇っていたが、上層部が講談社の「覇王」 *9 に対抗するための総合誌「ゲームオン!」を創刊させたため、廃刊に追い込まれて *10 しまった(1994年1月30日)。PCE市場に陰りは見えていたが、まだ消失する以前だったこともありこの廃刊劇はPCEユーザーの少なからざる反発を招いてしまった。
余談だが、角川書店発行のライバル誌「マル勝PCエンジン」とは創廃刊が全く同時である。ただこの時期のマル勝は92年のメディアワークスの乱で編集スタッフがゴッソリ抜け、外部の編プロに丸投げする形でようやく発行されていたものだった。ちなみに抜けたスタッフは「電撃PCエンジン」(現「電撃G's magazine」)を創刊している *11

ザ・プレイステーション

ソフトバンクパブリッシングによって刊行されていたPS専門雑誌。1994年創刊。
月刊、週刊、隔週刊と情勢に合わせて発行スペースを調整していたが販売不振により2005年に400号をもって休刊となった。
ユーザーの評価投稿を集計して変動した結果を毎週載せる、お題のゲームに関するユーザーの自由なコメントを掲載するPS100人委員会、幻想水滸伝やグローランサーなどの連載特集を組む、ゲーム着メロの楽譜、シールなどのおまけを毎週つける、といった独自路線が特徴だった。

ディスクステーション

株式会社コンパイルから発売されていたディスクマガジン。1988年創刊。コンパイルの経営悪化に伴い、2000年に休刊(事実上廃刊)した。
これ以前にもディスクマガジンが作られたことはあったが、同人ソフトを除けば半年続かなかった物ばかりであり、初の成功例となる。
パソコン用メディアを用いた雑誌のような形態を取り、コンパイルや他社のオリジナルゲームや体験版を収録していた。
この雑誌からぷよぷよシリーズの原作である魔導物語などが生まれ、ファンにとってはおまけの枠を超えたゲーム集として大きく支持される事になる。
MSX向けからPC98向けそしてWindows向けへと進んでおり、Winでの発売分に収録されていたオリジナルゲームに関してはProjectEGGにてダウンロード販売が行われている。
なお、純粋にディスクマガジンと言えるのMSX版だけで、それ以外は雑誌にCD-ROM等が付くと言う現代のパソコン誌と同じ形態を取っている。

電撃プレイステーションD

1997年に電撃プレイステーションの増刊号として発刊され、第11号より月刊化したCD-ROMつきゲーム情報誌。その後、プラットフォームをPS2に移して「電撃PS2」に誌名を変更。付録もDVD-ROMになった。
新作ソフトの体験版やデモムービーだけでなく、特殊なアイテムが手に入ったりする「電撃セーブデータ」を毎号収録し、人気を博した。
が、そのセーブデータが揉め事のタネになることもあった。詳しくはGPOの項目で。 
セーブデータの中には読者投稿できるものもあり『デザエモン+』『RPGツクール3』『落ちゲーやろうぜ』等といった読者の作ったゲーム作品が収録される時もあった。
また、読者コーナーの参加小説のまとめやオリジナルゲームの収録など独自の構成も特徴の一つであった。
PS2の話題が少なくなっていくにつれて勢いを失い、次第に刊行が不安定になっていった。2008年2月の第96号を最後に発刊は停止しているが、公式サイトはそのまま残されている。

Nintendoスタジアム

徳間書店と毎日コミュニケーションズで発行されていた任天堂ハード専門誌である。短命に終わったファミマガ64の後を受ける形で1998年に創刊されるが、徳間書店の経営危機に伴い兄弟誌共々廃刊の危機に瀕する。スタッフは「アンビット」という編プロを立ち上げ発行を毎日コミュニケーションズに託す形で発行を続けたが、マイコミにはすでに「Nintendo DREAM」という任天堂ハード専門誌が存在していたこともあり、両誌が合併しNintendo DREAMが存続する形でNintendoスタジアムはその役目を終え、2002年に休刊となった。

ハイスコア

1986年から1990年まで英知出版、日本文華社(途中から発売元変更)から発売、ハイスコアメディアワークより発行されたゲーム雑誌。誌名からも想像出来るように攻略情報や裏技を重視方針で一定の支持を受け、当時のちびっ子を中心に熱いゲーム誌として評価を得ていた。
しかし、『ドラゴンクエストII』の完全攻略に関してエニックスから訴えられることとなり敗訴。攻略と言う売りを失い衰退していった。
その後、当時のFCソフトとして喋りまくる事を売りとしたアクションRPG『ゾンビハンター』の発売で巻き返しを図るも、出来が今一つで盛り上がらず。そして、そのまま力尽きる事となった。
ちなみに、読者投稿制の裏技の大半が編集部名義で埋まっていた事もあり、当時の裏技ブームの凄さが垣間見える。

ファミリーコンピュータMagazine

1985年から徳間書店が発行していた隔週刊のゲーム雑誌。
その最も有名とされるのは裏技紹介のコーナーで行われた企画「ウソテックイズ」である。毎号数十個の裏技(本誌では「ウル技(ウルテク)」と表記)が掲載されるのだが、その中に1つだけ「存在しない裏技」を混ぜている。そのたった一つの嘘を読者が見抜くというもの。正解者には抽選でプレゼントが送られた。

  • 最も名高いものは「『水晶の龍』で野球拳ができる」というものだろう。当時の少年読者たちを釘付けにしたあげくに絶望に突き落としたこの「ウソ技」は今でも語り草にされている。
  • ファイナルファイトで「二人同時プレイができる」というウソテクを掲載したときにはカプコンに問い合わせの電話が殺到し、カプコンの担当者が怒鳴りこんできたという逸話がある。それ以降はメーカーの了解を取るようになったそうだ。
  • この企画は他誌によるネタ盗用を防ぐためのブービートラップとしての役割もあった。裏技ブームがあった当時はスピードが命で、他社の雑誌で紹介された裏技を確かめもせずに自社の雑誌に掲載するというケースがしばしば見られたらしく、実際、ある号に載ったウソ技をさも自分たちが発見した裏技のように転載した雑誌があったそうだ。

新世代機への移行に伴い1994年に「プレイステーションMagagine」に名を変えるが、徳間書店の業務整理により1999年に廃刊。
※実質的な移行雑誌は「ファミマガ64」(1996年~1998年刊行)であるとされることもある。

後にゲームラボにおいて行われた最後の編集長へのインタビューによるとSFC時代ごろから部数が下降していたがレーシングラグーンのジャンル呼称問題 *12 にともなうスクウェアの情報提供拒否が致命傷になったとのこと。
同誌ではファミ通のクロスレビューにあたるものとしてゲーム通信簿というものがあり、6つの要素を5点満点の合計30点で採点する方式をとっていた。
これに裏技情報をあわせたものを別冊雑誌大技林(広技苑)として発行しており、ファミリーコンピュータMagazine休刊後もこの書籍は断続的に刊行し続けている *13

マル勝ファミコン

1986年~1996年に角川書店が発行していた隔週刊のゲーム雑誌。元々は、同社刊行の月刊誌「コンプティーク」の1コーナーが分離したもの。
大塚英志原作・田島昭宇作画の『魍魎戦記MADARA』や寺田憲史原作・衣谷悠作画の『ファイナルファンタジーIII 悠久の風伝説』が連載されていたりと、角川書店お得意のメディアミックスの手法はこうしたゲーム誌においても遺憾なく発揮されていたが、基本的にはファミ通の後追い的な雑誌という印象は強かった。
後に「マル勝スーパーファミコン」とタイトルを変えるが、1992年、角川お家騒動(と、それに伴うメディアワークス設立)の余波によりスタッフの多くがそちら側に移るも編集元を外部委託にして存続し、1996年には「Game Walker」「マル勝ゲーム少年」の2つに分かれて再編されたが翌年に廃刊。

マイコンBASICマガジン

かつて電波新聞社が発行していた雑誌。元々は同社の技術雑誌「ラジオの製作」の別冊付録だったが、1982年から単独の雑誌となった。
前半部分に載るパソコンによる投稿プログラムが大きな特徴であり、後に本格的にプログラマーとなった投稿者も多い。さらに、MSXシリーズやPC-9801シリーズは勿論、生産中止となった後のファミリーベーシックやPC-6001シリーズ、果てはポケコンに至るまで、取り扱う機種が非常に幅広かったのも特徴。
ゲームはパソコン(アダルト除く)、家庭用、アーケードを満遍なく取り扱い重宝された。特に専門誌がゲーメストぐらいしかないアーケード関係では影響力が強かった。
アーケードのハイスコア集計を掲載していたのは当時はゲーメストと本書のみであり、アーケードゲーマーにとっても縁の深い雑誌だった。この雑誌のおかげで熱狂的なナムコファンとなった諸兄も多いと思われる。中には見城こうじのように、本誌を経てナムコに入社したライターも。
しかし、パソコン関係の衰退にともなう発行部数減少の影響を受け、1999年から徐々にページ数も減り薄い内容と化してしまい、2001年にはゲーム関連の記事を全廃して中高生向けのパソコン入門誌に路線変更したが、これが更なるページ数の減少と昔からの読者離れを招き、2003年に廃刊となった。老舗の雑誌で特定ファンが多かった本誌の消滅は業界に大きな衝撃をあたえた。

ログイン

1982年から2008年までアスキーから発行されていた、国内のゲーム関係雑誌としてはコンプティークと並び最古参だったパソコンゲーム雑誌。出版関係がエンターブレインとして分社化されると、休刊までは同社から発行された。
コンプティークが後に全く違った路線に進んでしまったのに対し、パソコンゲーム雑誌としてのスタンスを崩さなかった事から一定のコアな支持層を最後まで維持した。
休刊して久しいにもかかわらず、アートディンクが『A列車で行こう8』を発売した際は、アートディンクが依頼してわざわざ昔のログイン風に製作された小冊子が配布されたほどである。
また外見からは想像できない、特殊で異常な読者ページやおかしなゲーム外記事なども特徴的だった。ファミコン通信(現ファミ通)は同誌のコーナーから分離独立したことは特によく知られている。
一方でアダルトゲーム関係への異常なまでの冷遇が目立った。普通はそういう時は広告なども断るなど徹底するものだが、広告は出稿して貰っても記事にはせず、売り上げランキングに載ろう物ならば、作品内容を無視してアダルトゲーム叩きの文言をひたすら書くと言う痛いことをしていた。
しかし、一般向けパソコンゲームが衰退しアダルトゲームが好調になると1995年にE-LOGIN(イーログイン、通称エログイン又はエロギン)を発刊すると言う手のひら返しを行った。
その内容はキャラクターデザイン担当者を中心にスタッフ関係の話題を中核に据える構成で当初は好調だったがゲーム自体の情報紹介にとぼしい構成だったためすぐに飽きられ、E-LOGINより先に刊行されていた同じ会社の競合誌であるテックジャイアンが好調だった為もあり *14 、暫く後(2003年)に休刊となった。本質がまったく変わっていないことをうかがわせる例である。
逆にテックジャイアンの兄貴分であるテックウィンは、ログインより一足先の2006年に休刊となり一部コーナーはログインに移った。ログインも直ぐに後を追ったが。
その後、やはり乙女ゲームが流行ると便乗でB-LOGINを発刊、現在はB'sLOGとして継続している。

わんぱっくコミック

徳間書店が1985年~1989年に発行していた児童向け漫画雑誌。ゼルダやディープダンジョン等、多数のゲームのコミカライズが連載されていた。
また『ドラクエIII』の攻略記事において、「勇者・武闘家・商人・遊び人」という普通の雑誌では絶対に組まないようなパーティーでダーマ神殿まで向かうという、今のやりこみ企画に似た事をやっていたのが特徴的だった。
元々は週刊少年誌と同じA4版型の月刊誌であり、ゲーム記事とゲーム攻略漫画とゲームコミカライズと言う徹底したゲーム専門漫画誌だった。
しかし、途中からオリジナル漫画中心に移行しポストコロコロコミックをぶち上げる。
そしてコロコロコミックやコミックボンボンに良く似た判型に変更した。これは間違えて手に取る児童を狙っていたのかもしれないが、こういった変更が逆に災いし気が付けば廃刊していた。
なお、1990年からコロコロコミックで『スーパーマリオくん』を20年以上連載している沢田ユキオ氏は、本誌で『スーパーマリオブラザーズ2』(最終の2話のみ『スーパーマリオブラザーズ3』)の漫画を連載していた(本誌の休刊によりコロコロに移った)。皮肉なものである。




添付ファイル

*1 なお、後継雑誌として、「G-navi」が発刊されたものの、3号にて休刊している。

*2 1998年9月に創刊された雑誌。「発掘系ゲーム専門誌」と銘打ち、『ユーズド・ゲームズ』では取り扱わなかった現行機種を取り扱っていた。

*3 ゲーメスト編集部ではワープロやパソコンを使ったデジタル編集の導入は遅くまで行われていなかったようで、「ライターの手書き原稿を、写植会社が組版する」という過程において、あまりにライターの字が汚かったために誤読された…らしい。

*4 驚くべきことに劇場版の解釈なども記事にしていた。

*5 前述した『ロックマンX』など単行本化したものの廃刊になったものもリクエストされている。

*6 1年間連載され、打ち切りではなく円満終了。単行本も最終回まで収録。ゲームは2も発売。

*7 全78話(6クール)の予定だったが、66話より後は「セレクション」と称した以前の話の再放送を12週行った。ただし急な対応だったらしく、一部地域では(未放送となった)67話の予告が流れたほか、テレビ雑誌では71話までのサブタイトル掲載が確認されている。

*8 『魔法先生ネギま!』(作:赤松健、週刊少年マガジン連載)を原作とするテレビアニメ『ネギま!?』を元にした漫画。作画は藤真拓哉。

*9 1993年に発行されたゲーム総合誌。1996年3月に「覇王マガジン」にリニューアル、1997年5月号にて休刊。なお、「コミックボンボン」のゲーム担当編集者中心となって発行された。

*10 これは「月刊PCエンジン」編集部を「ゲームオン!」編集部として運用するためである。

*11 ちなみに「電撃PlayStation」は本誌の増刊として創刊されている。

*12 「ハイスピード・ドライヴィングRPG」というジャンル名がつけられた当作において、プレイステーションMagagineが「RPGとはいえない」という内容の記事を書いたこと

*13 1989年から一年に一回のペースで本誌付録として添付、1995年より、「超絶大技林」として単独で発売し、数年に一度の改版を続けている。2000年以降、毎日コミュニケーション社に発売元が移り、「広技苑」として2008年まで発売。この時点でゲーム通信簿は掲載されなり、いわゆる「裏技つきのゲームオールカタログ」となった。2011年には徳間書店を発売元、アンビットを発行元として発売。

*14 初めてCD-ROM等による体験版をつけたエロゲー雑誌であり、他誌追随後も専用体験版やオリジナルゲームで追随を許さない為、後発誌でありながらトップに君臨する。