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ジュンは相変わらず、遊園地から離れる為に防波堤を走っていた。
引きこもり気味である分体力に難があるがそれでも走り続け、そしてふと我に返った。
どれくらい走っただろうかと後ろを振り返いて見てみると、既に遊園地は遥か遠く。
あの殺伐とした喧騒も遠い。無我夢中だった事でまさかこんな遠くまで走っているとは思わなかった。
だが身の安全が保障されていない今、この程度で満足して安心するわけにはいかない。
恐怖を押し殺し、再び走ろうとした。

「……いや、駄目だ……」

が、駄目だった。やはり終わりの無い疾走は多大な疲労をその身に与える。
真紅と翠星石の力を同時に使役した時よりは、あの薔薇園で槐や兎を捜して走っていた時よりは、
その時感じていた疲労に比べれば大した事なんて無い。軽いものだ、その筈なんだ。
そう強がってみるものの、やはり体は正直らしい。緊張の糸が切れた事で体が一気に休息を求め始める。
へばっていたらどうなるか判らない。判ってはいるが、座り込んでしまった。
「真紅に怒られるな……でも、ちょっと休憩したい……本当に……」
もっと運動をしておけばよかった、と潮風に当たりながら後悔する。
防波堤の中央で、少年はしばしの休息を余儀なくされてしまった。


体を休める。何もしない事で安らぎを得る。
図らずも自身の体にとって優しく平穏な時間を与える事が出来た。
その内、する事が無い所為か海を見ながら物思いに耽っていった。
自分の事、過去の事、人形たちの事、それに加え更に沢山の事を思い返す。

自分があのダイレクトメールを受け取ったのはいつだっただろう。
記憶中枢が手抜きの極みに至っていたのか、日付をしっかりと覚えていない。
だがあの時、人工精霊ホーリエ名義の手紙をインチキ業者だと勘違いしなければ、
確実に真紅や翠星石、蒼星石……そしてあの水銀燈にも出会う事は無かっただろう。

家来だとかに勝手に任命されて暫く経った今。
今の自分に、あの時「まきます」と選択したのは本当に正しい事だっただろうか?
という質問を投げかけてみると、自分でも意外だが「正しい事だった」と答えてしまう。
更に言うと、かつての真紅が来たばかりの自分に同じ質問をしたならば、
間違いなく「何故こんな事に巻き込まれなければいけないのか」と文句をたれていただろう。

「あいつらが来て、僕も色々と変わったんだよな……」

認めざるを得ない。というより寧ろ、自分から認めるべきだとさえ思った。
それが果たして「成長」と呼べるものだったのかは自分では判らない。
けれど変わったのは確かだ。自分は変わり、一歩進む事が出来た。
彼女は確かに人形だけれど、それでも確かに恩人だった。

どこにいるのだろうか。
我が桜田家で暴走の極みに達していた彼女達は、今どこにいるのだろうか。
一体、どこに行ってしまったのだろう。

更に思い返してみると、記憶の中の彼女達は思い切り騒いでいた。
紅茶を要求したり、苺大福を要求したり、お茶菓子を要求したり、法事茶を要求したり。
ひっぱたいてきたり、硝子を割って進入してきたり、挨拶代わりに鞄で顔面目掛けて体当たりしてきたり。
くんくんの人形で騒いだり、くんくんの番組を見て一緒に緊迫していたり、一緒に食事をしたり。
姉の先導で服の洗濯をしていたり、プレゼントしたオルゴールを皆で聞き惚れたりもしていた。
皆で一緒にクッキーを作った事も、翠星石を元気付ける為に流し素麺をした事もあった。
いや、素麺じゃなかった。実際は姉のミスによって冷麦を流すイベントになっていたんだった。
――本当に、色々とあった。色々な事があり過ぎた。

「何であいつらまで……どうして……」

再び名簿を取り出し、見る。やはり見慣れた名前が書かれてあった。
真紅、水銀燈、翠星石、蒼星石。家で散々騒いでくれたドール達だ。
水銀燈も敵だからこそ不法侵入を犯したりしたし、あれもある意味大暴れだ。
彼女は危険だから保留だとしても、真紅達とは必ず再会しなければならない。

自分が無力だから一人でいたくない、正直に言えばその考えもある。
だがそれだけではない。自分はここで屈したくは無いのだ。
そう、あのアリスゲームの様に、薔薇園での仕組まれた決戦の時の様に。
あの時の様に無力で、何も出来ないままで終わりたくは無いのだ。
かつて真紅や翠星石達と戦ったように、役に立ちたい。彼女達の支えになりたい。
自分は何もかもが一般人以下だろう。頭脳にしても受験に失敗しているし
今更自分が様々な人間と同格に渡り合うことが出来るという大層な自信も無い。
けれど、せめて。せめて真紅達の力になれたなら。
そう思い続ける限り、自分は死んではいけない。彼女達を悲しませたり幻滅されるわけにもいかない。
だからこそどうにかして、殺人以外の方法で生き残らなくては。

その為にも、進もう。

この考えに到達するまでに、どれ位の時間を要したのだろうか。
座り込んで延々と考え込んでいたおかげか、疲労は大幅に回復している。
大丈夫だ、これなら頑張れる。ジュンはゆっくり立ち上がり、自分が向かうべき場所を見た。
そして歩き出す。落ち着いて一歩一歩、疲労をためないように歩き出した。

その先には、あの少女がいるのだが。



少女、朝倉涼子は慎重に思案する。

情報統合思念体が応答しない以上、大袈裟には動けない。
だが当然相手がいなければ殺人は出来ない。しかし目立つのは危険。
そうなると注意深く警戒しながら北に回って橋を渡り、街に向かうか。
それとも先程の男達のように防波堤を歩き、そして遊園地に向かうかの二択。

北に回れば辺りが明るくなってきた事も手伝って、人に会う可能性は高いだろう。
だが相手が弱いとは限らないし、多数の人間に出会う可能性も十分にある。
二人ならまだしも、それが三人四人五人となるとややこしくなるのは明白だ
ならば防波堤はどうだ。人にあまり会うことも無いだろう。更には一気に近道をすることが出来る。
だが、それを読んで周到に待ち伏せをしている人間もいるかもしれない。
一直線の道での待ち伏せはさぞ効果的な事だろう。策に嵌ると命の保障は出来ない。

ここまで考えて、彼女はこう結論した。
多少危険ではあるが、防波堤を歩いて遊園地側に行く。
結局は涼宮ハルヒ達を捜す為に街へと向かう事に変わりは無い。
ならば、今この状況で濫りに人に会う事は避けるべきだ。
いくら自分が情報統合思念体によって生み出された
対有機生命体コンタクト用ヒューマノイド・インターフェースといっても限界はある。
「確実に優位に立てる」と胸を張って宣言出来る程の状況でないと、多数の人間に会うのは危険だ。

待ち伏せがあるかもしれない可能性と危険性、これは楽観視出来ない。
だがしかし、自分は情報統合思念体によって生み出された
対有機生命体コンタクト用ヒューマノイド・インターフェースであり、人間ではない。
対話し、場合によっては人を排除する力を持つ特殊な存在。それが自分なのだから。
だからどうにかする。どうにかしてみせる。どうにかしなければならないのだ。


自身の結論を信じた彼女は、チャンバラ刀をしまって防波堤に登り歩き出した。

その先には、あの少年がいるのだが。



ジュンは既に防波堤の三分の二を歩き切っていた。
残り三分の一を渡り終えれば遊園地からはおさらばである。少しばかり安心した。
が、その時。

「こんばんは」

少女に出会った。


この少女は誰だ。ジュンは困惑した。
数少ない学校での記憶を辿ったものの、思い当たらない。
という事はつまり、同じ様にここに連れてこられた人間だろう。
「こ、こんばんは……」
とりあえず挨拶をしてみる。すると相手は満面の笑みを浮かべた。

無害そうだ。だが、何か妙な違和感を覚える。この僅かに沸きあがる感情はなんだろうか。
簡単には信用出来ない。状況も状況だし、自分の本能は相手から何かを感じ取っている気がする。
ジュンは思案を巡らす。だが目の前に突然他人が現れた現実を認める事で精一杯になり、それ以上は思考出来ない。
しかしそれでもジュンの頭脳はしっかりと警戒し、慎重に応対を続けるべきと判断した。

ジュンがしばし沈黙をすると、またも少女が言葉を発した。

「あなた、この殺し合いの場……どう思う?」

質問内容は至って簡単だった。言葉通りの意味だろう。
しかし何かが引っかかる。何がかとは言えないが、引っかかる。
「いや、その、馬鹿馬鹿しいと思うよ……こんなの、嫌だ」
だがこのまま気まずい沈黙を作るわけには行かず、言葉通りに受け止めて本心を吐露した。
すると相手はまたにっこりと笑った。そしてまたジュンは違和感を覚える。
「あなた、もしかしてただの学生? だったら安心かも……私も高校生だから」
そう言うと相手は制服を見せびらかすように一回転。セーラー服が風で少し靡く。あの腕章はなんだろうか。
「私の名前は長門有希っていうの。ねえ、良かったらあなたの名前も聞かせて?」
相手はそう言うが、ジュンは警戒を解かない。ここで簡単に名前を教えるわけにはいかなかった。
「野原……ひろし……」
「野原君ね。判ったわ、宜しく野原君」
故に、先程名簿を眺めていた時に見つけた名前を適当に名乗った。
警戒している、と相手に教えている様な状況での偽名の使用。
相手はこの微妙な嘘に気が付いてしまっただろうか。付け入る隙を与えてしまったのだろうか。
不安と恐怖で袋を持つ手が自然と震える。弱みを見せていると判っているのに。
度重なる相手への違和感と不安を抱えたまま、ジュンは警戒していた。



防波堤の三分の一を渡り終えたところで他人と出くわすとは。
朝倉は突然の状況に悪態をつきたくなるが、そこは堪える。
落ち着き、自分のペースに持ち込む為に友好的に話しかけた。
「こんばんは」
相手は少し戸惑っている。警戒しているのだろうか。
「こ、こんばんは……」
だが少し不安げに相手は答えてくれた。警戒すると同時に突然の邂逅で混乱しているのだろうか。
それともただ気弱なだけか、もしくは演技か。断言できない、もう少し情報が欲しい。
もう一押し、とばかりに質問を続けた。

「あなた、この殺し合いの場……どう思う?」

この返答によって自分の立ち位置は変わる。逃げる者となるか、追う者となるか。
それが相手が返答する際に起こる挙動一つ一つを探った結果で判断を下す。
しっかりと相手を見据えながら暫く待つと、答えが返ってきた。

「いや、その、馬鹿馬鹿しいと思うよ……こんなの、嫌だ」

朝倉が少年の挙動、態度を観察する。見れば相手は明らかにこの状況で戸惑っている。
そして警戒しているが故であろう、袋を掴んでいる手も少し震えている様だ。くだらない、怯えか。
なるほど、肉体的にも精神的にもただの立派な一般人か。手駒として使えるかどうか不安だ。
「あなた、もしかしてただの学生? だったら安心かも……私も高校生だから」
更に問うものの、今度は答えは帰ってこなかった。ただの一有機生命体なりに考えがあってのことだろうか。
「私の名前は長門有希っていうの。ねえ、良かったらあなたの名前も聞かせて?」
続けざまに質問をし、再び答えを待つ。さぁ、どう来るか。

「野原……ひろし……」

相手はそう名乗った。野原ひろし、ごく普通だ。
「野原ひろし君ね。判ったわ、宜しく」
偽名なのか本名なのかは読み取れない。彼の持つ不安と恐怖に本質がかき消されている様だ。
まぁ良い、注目すべきは警戒している割に中途半端に置かれた間合い。袋を持つ手の震え、隙だらけの立姿。
見れば一般人である事は明白だろう。これで戦いのプロだと言ったらそれは相当のペテン師だ。
こんなくだらない相手に自分は心理戦を挑んだのか。全くもって馬鹿らしい。時間の無駄だった。
「判るわ。やっぱりあなたも一般人よね、そうなんでしょ。安心したわ」
ならばここで一気に自分のペースに引きずり込んでしまおう。あの刀で少年の四肢を切断する為に。
しかし見たところ、相手との距離は十五メートル程と意外に離れている。一気に決着をつけることは出来るだろうか。
いや、こんな平凡な一有機生命体相手に自分が梃子摺るものか。絶対に出来る。大丈夫、出来る。

「あのね、私もこんな殺し合いは馬鹿げていると思うの。あなたと同感だったわ。
 だってあんな存在に屈するなんて、情報統合思念体にとっては有り得ない事だもの。
 でもね、気付いたのよ。これは考えようによってはチャンスなんじゃないかって」

言葉と共にチャンバラ刀を素早く引きずり出し、右手で構えて体勢を整えた。

「でもね、他の有機生命体を刈り取れなんていう命令の為に私が甦ったのには理由があるはずだと思うの。
 だから私はこの状況を前向きに考える事にしたわ。あなたを利用して、私は私の目的の為に前に進む」

会話の内容などどうでも良い。刀と言う凶器を見せつけ、冗長な言葉を投げかける事によって動揺を誘うだけだ。
キョン君だってそうだった。一般人は目の前であまりにもおかしな事が起こると狼狽え、動揺するものだ。
しかしなんと、相手はこの状況で袋を漁り始めたではないか。予想よりも随分と肝が据わっている。
自分の読みが少しだけ外れた事も含めて少し驚くが、有機生命体ではない自分には問題の無い障害だ。
状況に変化は無く、攻めるには十分と判断。そして約十五メートルの距離を一気に縮めようと走り出した。

「だから大人しく……斬らせて」

間合いまでもうすぐ。これで、終わりだ。



尋問の如き会話が終了し、沈黙が訪れた。
相手は次の言葉や行動を捜す様に何かを考えている。
同時にジュンも違和感の正体を探っていた。
しかしそれを気にしていないのか気付かないのか、更に相手は話しかけてきた。

「判るわ。やっぱりあなたも一般人よね、そうなんでしょ。安心したわ」

微笑みながら口にする少女。やはり見た目は無害。だが、その表情を見た瞬間ジュンは確信した。
そうだ、彼女から発せられるこの違和感はあれだ。この何とも言えない嫌悪感。その正体。それは……。

『いつ相手を化かそうか、と考えている人間の雰囲気だ……』

心中で回答を呟く。そう、相手の挙動はまさに「他人を馬鹿にしている人間の顔」だ。
見下し、罵り、優位に立とうとする人間が持つ独特な話し方や表情の癖。
それが彼女の持つ独特な雰囲気を構成させていたのだ。
自分には判る。そんな人間を何人も何人も見てきたし、一時は自分だって同じ姿をしていた。
公立中学の生徒を見下していたあの時の自分も、今改めて考えてみると反吐が出る人間だった。
そんなかつての自分と同じ性質のこの女を信頼してはいけない。本能が叫ぶ、理性が忠告する。
だがどうする。どうやって相手を打ち負かす。物干し竿とモデルガンでどうしろと。
だが仕方が無い、運が悪かったのだ。スタート地点を通常よりも後方に下げられた様な状況なのだと認めざるを得ない。
こうなったらこの状況だけで何とかしてやる。しなければならない、するのだ。ジュンは策を構築し始める。

袋から物を取り出しやすいようにしっかりと握り締め、位置も調節する。
「あのね、私もこんな殺し合いは馬鹿げていると思うの。あなたと同感だったわ。
 だってあんな存在に屈するなんて、情報統合思念体にとっては有り得ない事だもの。
 でもね、気付いたのよ。これは考えようによってはチャンスなんじゃないかって」

すると相手が何か長話を始めた。正直どうでも良い。どうせ口先だけだろう。
ほら、その証拠に右手に刃物が見える。刀か、なんて物騒なものを持っているんだ。
目の前にある脅威に振るえ、少しばかり狼狽える。だが理性でそれを止めた。
決心したのだ、真紅達に会うと。会わなければならないのだ。隙を見せるわけにはいかない。

「でもね、他の有機生命体を刈り取れなんていう命令の為に私が甦ったのには理由があるはずだと思うの。
 だから私はこの状況を前向きに考える事にしたわ。あなたを利用して、私は私の目的の為に前に進む」

情報統合なんたらとか有機なんとかなんて知るか。どうせ自分を混乱させようとしているのだろう。
ならばその心理戦は大成功だ。正直すっかり混乱している。人の心を揺さぶるのがなんて上手いんだ。
だが死ぬ訳にはいかない。恐怖と混乱をぎりぎりの理性で押さえつけて袋に手を突っ込む。
そのままモデルガンを取り出そうと袋を漁ると、それは案外簡単に見つかった。素早く取り出し片手で持つ。
これで隙を見出してみせる。相手が怯めば物干し竿で何とかする。怯まなかった場合……ああ、もう良い!
自分はここで死にたくは無い。仲間に会って生き延びなければならないのだ。だから今を何とかする。
生きてみせる死んでたまるか真紅達に会うんだ殺されるわけにはいかない生きるんだ今の僕なら出来る。
出来る出来る出来る出来る出来る出来る出来る出来る出来る出来る出来る出来る出来る出来る出来る出来る出来る出来る
出来る出来る出来る出来る出来る出来る出来る出来る出来る出来る出来る出来る出来る出来る出来る出来る出来る出来る!

「だから大人しく……斬らせて」

いいやお断りだ、やらせないねッ! と強く強く自分に言い聞かせ、前を見据える。
そして真っ直ぐ向かってくる相手の顔に照準を合わせ、モデルガンを両手で構えた。



肉薄する為に、朝倉は相手の懐へと疾走する。
チャンバラ刀で肉体を切り裂き、有利な展開へと運ぶ為だ。
こんな一有機生命体に反撃など出来るはずが無い。そう考え、猪突猛進に進む。
だがそれが誤りだとでもいう様な事態が、彼女の前で起こった。

「……ッ!?」

突然、目の前に純粋な「人を殺す為の物」が現れた。
少年が両手で銃を構えている。あの袋から取り出したのか。
しかし最初の会話から読み取れた相手の心理は、戦いへの恐怖と不安だけだった筈。
だがそれを払拭するかの如く、目の前には拳銃がある。現実にそこに存在している。

流石に頭部等を狙われると、情報制御を行う余裕を保ち続ける事が出来るとは思えない。
一直線に肉薄する作戦を急いで切り替え、脳内で変換し、回り込もうと判断した。
だが曲線を描いて大きく曲がるのでは軌道を読まれて照準に追われるだけ。更には道も細く危険だ。
ならば、と彼女は直線的に高速で曲がる方法を取った。斜め四十五度程、それだけで状況は変わる。
そしてそれを実行した瞬間に彼女は一つの致命的な動作を起こす事になった。
ヒトの姿をした朝倉涼子は、ヒトが必須とする動作をその行動の内に無意識に組み込んだ。

全力疾走からの直線的な軌道修正を行う為、無意識に短くブレーキをかけたのだ。

曲がる為に。速度を保ちながら曲がる、その為にブレーキをかけた。
その瞬間、現実的な考えを基に行動を取っていた彼女は困惑を促される事となった。
無意識にブレーキをかけて軌道修正、そして走り出そうとしたまさにその瞬間。
相手が何かをこちらに投擲したのである。

見ればそれはなんと、先程まで警戒していた存在であるあの拳銃そのものだった。
馬鹿な、何故これほどまでに強力な得物を投げてきたのか。朝倉は混乱した。
現実の尺度で物を考えれば、明らかにこの策はおかしい。相手が何を考えているのか判らない。
しかも忌々しい事に、推測したところではこの軌道そのままで飛んでくると自分の顔に当たってしまう。
この合理的なのか自棄なのか判らない策は一体何なのだ、心中で毒づきながらそれを回避した。
その時、無意識に体が大きく揺れた。体勢が一瞬で不安定になった。
当然だ、ブレーキをかけた瞬間の回避行動は肉体へと負担を強いるのだから。

思考の混乱と物体を避けるという行為。その二つの要因が交わった刹那に、
朝倉の脳内で判断を誤りそうになる不安がその支配圏を着々と広げていく。
だがそれを払拭する為、理解しようとする朝倉。だが不安と混乱は幾重にも重なっていく。
思考によってその一切を排除しようとした彼女は、意識を体から思考へと移行した。

何故拳銃を投棄するのか。素直に撃てば良いだろう、怖くなったのだろうか。
どういう理屈で、どういう理論で、どういう戦法を期待して投げたのだ。
判らない、現実の尺度では理解出来ない。不安だ。

不安要素の一切を排除し、理解する事によって朝倉は不安を取り除こうとする。
皮肉にもその潔癖なまでの思慮深さによって、彼女の動きは完全に停止した。



ジュンの取った行動。それは相手の混乱を誘う為の一世一代の大嘘だった。
早朝と言えども辺りはまだほんの僅かに暗い。その状況でモデルガンを構え、
相手を視覚的に怯ませる事を狙うという魂胆だったのだ。
相手の肉薄を止める術が無く、物干し竿を容易く振る事も出来ない自分。
心理戦を選んだジュンは、相手をしっかりと見据えて何も見逃さぬよう注意を払う。
『頼む、騙されてくれ! 一瞬だけ怯むだけで良いんだ!』
心中で神にも祈る勢いで叫んだ。そう、この嘘に掛かっているのだ。
生も死も何もかもが決まる瞬間を、自分で生み出す。だがジュンは何も言わない。
覚悟の名の下に汗一つ浮かび上がらせる事も無く、ただ無言で拳銃を構えた。

その瞬間、女が反応した。
見れば相手の表情が驚愕のそれに変化している。どうやら騙されてくれたらしい。
だが相手は走行をやめない。まさか撃てないとたかを括っているのだろうか。
もしも行動の全てを読まれていたら、確実に自分は死ぬのだが。

『いや、来た!!』

だが銃口の軌道上に据え続けて重圧を与え続けた結果、相手が大きく動きを変えた。
そう、一瞬相手の速度が急激に下がったのだ。いや、一瞬の停止と言うべきか。
相手の動きの一つ一つを凝視し、ジュンは突如起こった相手の行動と動作の理由を推測する。
弾丸の軌道上からの退避を目的とし、スピードを維持したままで急激に曲がろうとした為に起こったブレーキ。
その動作を行った上で更に素早く走り出そうとした為に起こる、片足を後方へ蹴り出す際のタイムラグ。
恐らくそれがこの減速の正体だ。集中力を維持し、相手の動作をしっかりと観察したおかげで理解できた。
好機だ。このチャンスを逃さぬ為に、ジュンは駄目押しの一撃を放った。
急激に軌道を変え、そのまま走り出す為に必ず必要となる「停止」という一連の動作。
ヒトの姿をしたもの全ては、ドールズでもない限り必ず行わなければいけない動作。
ジュンはそのタイミングにあわせて、モデルガンを放り投げたのだ。それは単純で、至難の業だ。

最初から当たる事など期待していない。運動神経に自信が無い。
当たるのではなく、当たりそうに見えるだけで良い。そして女がそれに困惑するだけで良い。
そう切実に祈りながら放り投げたモデルガンは、幸運にも一直線に女の顔に向かっていた。
女は困惑した様子でモデルガンへと視線を移し、避けた。その拍子に体が揺れている。
当然だ。高速で走り出そうとした瞬間に回避行動を取る、という行動は至難を極める。
その理論を裏付けるように、彼女の動作は「一瞬の停止」から「しばしの停止」へと移行していた。

遂に生まれた。
数々の手順を踏み、様々な読みと偶然が交錯し、遂にやっと、付け入る隙を引き摺り出した。

急いで物干し竿を取り出した。
四メートルにもなるそれを両手で掴み、槍の如く水平に構える。
照準は動きを停止させたあの女の体。不安定な体勢になっているその体を睨みつける。
そして叩き込む場所をしっかりと見定め、竿を勢い良く相手の腹部へと突き出した。

「あ゛ぅッ!!」

放った竿は相手の鳩尾に突撃し、女は突然の衝撃に耐え切れずに変な声を出して蹲った。
無力に膝を落とし、打ち込まれた部分を左手で苦しそうに押さえている。
顔を上げることもままならないまま耐えている様だ。地面ばかり見てこちらを全く見ていない。
これはまたとないチャンスだ。出来るならそのまま竿で後頭部を強打させたいのだが、
長い棒を持ち上げた挙句に叩き落す様な力は今の自分には備わっていない。
ならば、と彼は賭けに出た。一瞬だけ相手に背中を見せるが、やるしかない。
「これで……ッ!!」
気合を孕んだ言葉と共に、突き出した物干し竿を先程より短めに持って左に振るう。
それと同時に自分自身にも回転を加えた。
と言うより、自身が回転運動そのものを行った。
ジュンを中心にして反時計回りに、さながら長針の様に物干し竿が動く。
早い話がハンマー投げの要領だ。違いはその手を離さず、回る回数を一度に抑えるだけ。
だが勢いと威力を増幅させる為だけのその運動は、戦いのプロから見れば隙だらけである。
しかしそれこそが、この状況で生まれたジュンの賭けだった。
全てを攻撃に集中させるという、厳しすぎる賭けだ。

相手は動かない、というより動く事が出来ないのか。
不安を抱きつつ、ジュンはそのまま円運動を続ける。
遂に、その回転運動によってジュンは相手に背中を曝け出した。
無防備で頼りない背中、それを戦いなれているであろう相手に晒す。
しかし、相手は攻撃をしてこない。いつでも攻撃する機会があるだろうに。
動きが無い。攻撃も来ないまま、相手に背中を向ける時間は終わった。
これならいける。ジュンは最後の大勝負に出た。

「終わりだぁッ!!」

野球の打者の如く水平に振るわれた物干し竿。それは女の側頭部と顎を完璧に捕らえた。
衝撃を受けた女は声を出す事も無く倒れ、挙句の果てには頭部を勢い良くアスファルトの地面に打ち付けた。
当たり所が相当悪かったのだろうか、そのまま動かない。意識を失っている様だ。
完全に沈黙し、無力化している。敗北という二文字が良く似合う姿だった。

ジュンは、賭けに勝った。



隙だらけになった事に気づかぬまま、
朝倉は状況の理解に徹し、一瞬で答えを探そうとする。
だがそんな事が不可能な事すら、混乱した今の彼女は気付かない。
故に、一有機生命体如きの攻撃を許してしまう事になる。

「あ゛ぅッ!!」

混乱が解けぬまま思考を続けていると、無意識に声が漏れた。
突然どうしたのかと確認すると、鳩尾に長い棒が突撃していた。
急激に痛みが体を揺さぶる。こんな物を隠し持っていたのか。
痛みが体を支配し、敵前にもかかわらず蹲ってしまった。拙い、隙だらけだ。
顔を上げる気力も生まれないので、相手を忌々しく睨みつける事も出来ない。

しかし、まさか自分に隙が生まれる事になるとは。様々な偶然がこうも自分を追い詰めるとは。
いっそ出会い頭に手に入れた生首を見せて、更なる動揺を誘うべきだっただろうか。
いや、だがあれは罠等の為に使用したいし、紛失の危険を伴う状況では無闇に使うべきではない。
しかし相手は一般人のはずだ。ならばやはり動揺を誘うべきだったかもしれない。念には念をと言う。
だが本当に一般人だったのか? まさかあの少年も情報統合思念体の一派の……いや、違う。
自分にはわかる。いや、今はそんな事はどうでもいい。このままでは隙だらけだ。何故自分はこうなったのか。
何故相手は拳銃を投げたのか、意味がわからない。攻撃? いや、その理屈はおかしい。
現実的な方法を取らずに何故あの様な回りくどい方向性で……何故、何故……!

体の中で痛みが循環し、苦しめているにもかかわらず朝倉は思考を続ける。
だが突然の痛みで脳が混乱している所為で最早自分が何を後悔し、何に狼狽しているのかすら判らない。
痛みを伴った事で思考が余計なループを起こし、一体自分が何を重視すべきかも判らなくなりそうになる。
だがこのまま動きを止めたままになるわけにはいかないことは確かだ、それだけは理解出来た。だが動けない。
やはりあそこで首を見せて……いや、今考えるべきはその事ではなく……。
「これで……ッ!!」
声が聞こえた。この期に及んでまだ相手は何かをしようとしているのか。
危険を察知した彼女は、状況把握の為に少年を視界に入れようと、痛みに耐えてその顔を上げた。

「終わりだぁッ!!」

さらに皮肉な事に、彼女がその行動を取ったおかげで見事な攻撃が叩き込まれた。
そのまま激しく頭部をアスファルトに打ち付けられる。何が起こったかさえ理解出来なかっただろう。
自分が更なる痛みを感じた事。ただの一有機生命体に敗北した事。全てが偶然では無く、仕組まれた策だった事。
そして自分が心理戦という観点でも敗北した事。その全てに気付かぬまま、彼女の意識はそこで途絶えた。



ジュンは倒れている女の様子を見た。やりすぎただろうか、と不安になったのだ。
確認してみれば、息はしているようだし痙攣も起こっていない。
更には流血もしていない。どうやら死んではいない様だ。
意識が無いだけだと理解すると、ジュンは少し安心した。

しかしゆっくりしている暇は無い。急いで逃げなければ。
所詮、相手を倒したのは一定の状況下が生み出した奇跡のおかげに過ぎない。
とりあえず自分のモデルガンを回収し、物干し竿も急いで袋にしまった。
そして女の支給品をどうするかという答えはすぐに出た様で、無難に刀共々回収しておいた。
素早く相手の持っている荷物を全て回収し、刀は自分の袋へと収納する。これで良い。
そして急いで走り出した。女が目覚めない内に逃げ出さなければ、今までの奇跡が無駄になるのだ。
ジュンは防波堤を西へ西へと疾走する。目指すは防波堤の終わりだ。



そして、それはすぐにフィナーレを迎えた。
殆どを歩きつくしていた所為か、すぐにゴールに辿り着いたのだった。
防波堤の終わり。生きた心地がしなかったあの場所の終わり。そこに到着したのだ。
しかし、ここからだ。ここから更に敵の目を掻い潜っていかなければならない。
「そういえばあの人……何か便利なものを持ってたりしないのかな?」
辺りに誰もいない事、あの女が追ってこない事をしっかりと確認した。よし、大丈夫。
警戒を解かない様努力しつつ、先程奪ってきた袋に両手を突っ込む。すると両手が妙な物に触れた。
もじゃもじゃしている。確かめる必要がある、とすぐさまそれを掴み、そのまま引き抜いた。

なんと右手と左手に一つずつ、計二つの生首が出てきた。
作り物ではない、本当の人間の首だ。しかも一つは損傷している。
「……ッッ!?」
悲鳴が上がりそうだった。再び腰が抜けそうにもなる。
気合で押さえつけようとするが脳は混乱し、嫌悪感に支配される。
そのまま無意識に二つの生首を放り投げてしまった。
首は放物線を描き、海へと落ちていく。だがジュンはそれをただ見守るしかなく。
水の跳ねる音が二度起こった。恐らくは落ちたのだろう、海に。
「…………」
突然生首が出てきた事にショックを隠せず、未だ言葉が出ない。
放り投げてしまった首の主に申し訳ないと思いつつも、足が震える。
なんてものを見てしまったんだ、自分は。今別の支給品を確かめる気力も失ってしまった。
だがとりあえず先程回収した刀だけでもと思い、それだけは取り出した。他でもない護身用だ。

ここで止まるわけには行かない、歩き出さなければならない。
信用に足る人間がいると良いが……かなり不安になる。
地図によると近くにある建物は駅のみ。何者かが本拠地にしている可能性がある。
もし人がいたとして、こんな自分は誤解されないだろうか。刀まで持っているし、袋も大量に所持しているのだ。
またもや賭けだ。ここで自分はどうするべきだ。様々な思惑を持った人が集まる可能性がある場所に行くか。
もしくはどこか別の……いや、よく考えればこんな世界に「絶対に安全な場所」などある筈は無いだろう。
自分一人ではあまりにも無力。自分が単独で勝利するという奇跡は二度も起きないのだ。

「……行こう、駅に」

自分一人で闘うという無謀より、信頼できる人間が見つかる希望を取った。
元々真紅達を探すつもりだったのだ。リスクばかり考えてどうする。
確かに荷物を沢山持っていたり、刀を持っていれば怪しまれるだろう。
だが正直に話せば誤解は払拭される。そうに決まってる。だからリスクばかり考えるな。
勇気を出せ、前を見て進め。何の為の決意だ。口だけなのか、そうじゃないだろう。
防波堤から降りながらそう自分を精一杯勇気付けると、ジュンは駅の方向へと歩き出した。
これから様々な賭けが自分を待つだろう。だが進まなければならない。
進まなければならないのだ。だから進む、それだけだ。

生きる事は、戦う事なのだから。



朝倉涼子は、ジュンが去った後も目覚めない。
意識を失い続けたまま、世界は時を刻み続けている。
いつか眠りから醒めたら、彼女はまずどうするのだろうか。
それ以前に、何事も無かったかの様に立ち上がることが出来るのだろうか。

潮風が髪と制服を靡かせる。
だがやはり、彼女は目覚めなかった。




【H-2 防波堤を降りた所・1日目 早朝】
【桜田ジュン@ローゼンメイデンシリーズ】
[状態]:戦闘による疲労、警戒
[装備]:チャンバラ刀@ドラえもん
[道具]
荷物四人分、物干し竿 ベレッタM92F型モデルガン
弓矢(矢の残数10本)@うたわれるもの
チャンバラ刀専用のり@ドラえもん、オボロの刀(1本)@うたわれるもの
アヴァロン@Fate/Stay night、アーチャーの腕@Fate/Stay night
[思考・状況]
1:F-1にある駅へ向かう
2:信頼できる人間を捜す
3:他人の殺害は出来れば避けたい
基本:ゲームに乗らず、ドールズ(真紅、翠星石、蒼星石)と合流する。


【H-3 防波堤・1日目 早朝】
【朝倉涼子@涼宮ハルヒの憂鬱】
[状態]:意識不明、肉体(特に頭部)へのダメージ大、精神的に疲弊
[装備]:SOS団腕章『団長』@涼宮ハルヒの憂鬱
[道具]:なし
[思考・状況]
1:不明
基本:自分の行動によって世界と涼宮ハルヒにどんな変化が起こるかを観察する。


※注意
  • ハクオロの首と才人の首は、ジュンによって海(防波堤の北)に投棄されました。
  • 朝倉涼子は頭部に激しいダメージを受けた為、何らかの後遺症や障害を患っているかもしれません


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投下順で読む


44:怯える少年 桜田ジュン 119:幸運と不幸の定義 near death happiness
58:首二つ 朝倉涼子 109:リスキィ・ガール





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