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「散りゆく者への子守唄」 - (2022/06/09 (木) 21:56:57) のソース
*「散りゆく者への子守唄」 ◆LXe12sNRSs 夜の森ほど恐ろしい場所はない。 月光すら届かぬ薄暗さもそうだが、密林や秘境においては大蛇、虎などといった危険生物との遭遇も考えられる。 人の手が行き届いていない未開拓地などは特に野生生物が出没しやすく、危険度もグンと上がるのだ。 対策としては火を焚くのがベターかと思われるが、この『外敵生物が獣だけではない』環境において言えば、焚き火などという行為は、嘘をつき続ける狼少年ほど愚かな行いである。 暗闇は恐ろしいが、人の殺意というものはもっと恐ろしい。 警戒するべき最優先事項が『殺意ある参加者』である以上、夜は大人しく安眠できる場所を探すべきだろう。 夜行性動物の大半が獰猛なことを考えればお分かりとは思うが、闇夜とはハンターにとって絶好の狩場なのである。 弱い者は夜間ひたすらに身を隠し、行動しやすい朝を待つ。それが生き残るための最良策だと、ロックは考えた。 負傷した脚で山道を歩き、先ほど友人の死を知ってしまった沙都子。 悲劇を間近で体験した上に、歩き疲れてすっかりお寝む状態のしんのすけ。 多くは語らないが、心身共に疲労困憊のエルルゥ。 そして何より、ロック自身も。 四人は皆お互いをボロボロと認め、身を寄せ合った。 弱小動物は群れを作り安全を確保するが、それは動物に限ったことではない。 ロック、しんのすけ、沙都子、エルルゥの四人は疲れを癒すための寝床を確保し、これから就寝しようとしていた。 長かった一日が、もうすぐ終わりを告げる。 このお話は、そんな四人が今日一日を振り返る、他愛のない総決算である。 ◇ ◇ ◇ 【北条沙都子の場合】 (薬と書かれていたから期待しましたけれど……病気に効くだけで、この足の怪我を治すには至らないみたいですわね) 先刻のちょっとした騒動の折に、自らの懐に飛び込んできた『どんな病気にも効く薬』なるアイテム。 持っておいて損はないが、現状の沙都子としては病よりも怪我の方が気がかりであり、気休めでも傷薬の類が欲しいと思っていた。 もっとも、基本的な治療は過去にみさえが済ませており、これ以上の早期回復を望むとなると、頼れるものは奇跡以外にはなくなってしまう。 ロックやエルルゥは沙都子を病院に連れて行こうとしているが、医師もいない病院に何を期待するべきところがあろうか。 ギプスを着けたとて走れるようになるわけではないし、車椅子などが手に入ったとしてもハンデを負っているという事実は無視できない。 悲観的に物事を考えるならば、病院行きへの方針など単なる気休めなのだ。 ロックやエルルゥのちっぽけな優しさに振り回されるくらいなら、少しでも長く辺境に滞在し、機会を窺っていた方がいい。 トラップを作るための資材集め、ベースとなる施設の確保、それらを行っている内に参加者が減ってくれればなお良し。 これ以上の人間と無理して接触を図る必要などない。どうせ最後は一人になるのだから、他者との馴れ合いなど不要だ。 と、沙都子は考えていた。 「何を見ているんだい?」 「きゃあっ!?」 適当な切り株に腰掛け、『どんな病気にも効く薬』の説明書を眺めていた沙都子。 その真上から、不思議そうな視線でロックが見下ろしてきた。 「な、なにって、ちょっとトラップの設計図を作っていただけですわ。それにしてもいきなりレディーの手元を覗き込むなんて、ロックさんって本当にデリカシーがありませんのね」 ロック自身も、『どんな病気にも効く薬』がいつの間にか消えていたことには気づいていた。 沙都子はそれを知っていてなお、ロックに自分が所持していることを黙っている。 いつ何に役立つかも分からない。手駒は多いにこしたことはないのだから。 悟られて変に怪しまれては大変と、沙都子は咄嗟に説明書を隠し、それらしい嘘をつく。 「あ、いや、ごめん。悪かった。謝るよ。……それはそうと、罠作りのための材料ってのはこんなものでいいかな?」 そう言ってロックは沙都子を特に怪しむこともせず、腕に抱えていた資材の数々をばら撒いた。 それら、小枝から乱雑に切り出された角材等の多種多様な木材、ロープの代わりにもなり得る頑丈そうな蔓、中途半端に折れた竹等々。 ロックは以前、沙都子に頼まれたとおり、森で入手可能な資材をありったけ調達してきたのだった。 「すごい量……よくこんなに見つけてこられましたわね」 「そんなに力入れて探し回ったわけじゃないよ。偶然落ちてたものを拾ってきただけっていうか。こんなものでも役に立つっていうのなら嬉しい限りさ」 涼しい顔で額を拭うロックの様子を見るに、本当にそれほどの苦労はしていないようだ。 そういえば、寺に竹槍トラップを仕組んだ時も、材料調達は割と簡単に済んだ。 寺の周辺には小規模ながら竹林があったし、寺も罠を仕掛けるには優れた構造をしていたようにも思える。 周りの環境は、案外トラップ製作を行うのに相性がいいらしい。まるで動き回ることが難しい沙都子を気遣うかのような……そんな気すらしてくる。 まさかとは思うが、沙都子のような特性を持った参加者がいることを考慮し、ギガゾンビが粋な計らいをしてくれたのだしたら。 倒木や竹林の存在も、建造物の構造も、予めトラップを作りやすい環境が用意されていたという可能性は―― (きっと考えすぎですわね) 沙都子は脳裏によぎった怪しく笑う仮面を振り払い、溜め息をつく。 だって、それでは自分がギガゾンビの手の平で躍らされているようではないか。 利用できるものは利用させてもらうつもりだが、今さらあの外道主催者に感謝する気など起ころうはずもない。 「それにしても、ごめんな沙都子ちゃん。本当は今すぐにでも病院へ連れて行ってあげたいんだけど……」 「気になさらないでくださいな。それに、ロックさんの判断は賢明ですわ。夜に、しかも山の中を歩くのは危険極まりないですもの。 こんな辺境なら夜襲を受ける可能性も少ないと思いますし、わたくしの足もこんな有様ですから」 切なげな顔で、自身の足を摩る沙都子。その仕草にロックは重苦しい視線を送ったが、沙都子は一切を意に関さない。 現在沙都子たちが身を休めているのは、地図で区分されるところのA-5エリア、その最西端である。 市街地からかなり離れた山中、しかも隣は禁止エリアという悪条件地。 いくらなんでも、こんな危険な場所を訪れる者はいないだろう。殺し合いに乗った参加者となれば、その可能性はさらに下がる。 「病院に行けば、なんとか……」 「気休めは止してくださいな。病院に行ったって、すぐに足が完治するわけではありませんもの。 無理して皆さんの足を引っ張るような結果になってしまっては、死んでも死にきれませんわ」 「沙都子ちゃん……」 気丈な素振りを見せ、沙都子はロックの同情を誘った。 自分は子供で、怪我人で、弱者だ。良心が正常に働く者なら、放っておくわけにはいかない存在である。 ロックは正にその典型的なタイプ。聖人ともいえる、完全無欠のいい人だ。 沙都子のような守るべき弱者が目の前にいれば、彼はそれを無視することなどできないだろう。 彼女をできるだけ危険から遠ざけ、彼女の意思をできるだけ尊重しよう。そう考えるはずだ。 それ全てが、沙都子の狙い。ロックを可能な限り利用し、残り人数が減っていく内に自分の身の周りを強化していく。 沙都子のトラップで対処できないような相手との接触は遠ざけ、チャンスが来るのをひたすらに待つ。 その成果は、いずれ殺し合いの優勝という形で降りてくることだろう。――卑怯者だと思うなら、勝手に思えばいい。 (ロックさんも、しんのすけさんも、エルルゥさんも。この人たちとは所詮、仮初の関係。いつかは*す、対象でしかないんですもの) 多人数参加型のゲームにおいて一番重要なのは、他者を利用すること。 このゲームの場合は全80人。この内、残りの79人を『敵』と思ってしまってはいけない。 自分以外の存在は、敵ではなく『駒』。そう考えて行動することが勝利への絶対条件なのだ。 何しろ敵は自分に害悪しか齎さないが、駒は色々と機能してくれる便利なものだ。 いざとなれば切り捨てることもできるし、駒同士をぶつけて自滅させ合うことだってできる。 もっともこれは誰にでもできるような芸当ではなく、とても高度な戦術である。 大貧民で圭一を陥れた経験などはまったく役に立たない。大事なのは知恵と、それを活用するための度胸、そして演技力。 沙都子がそれ全てを兼ね揃えているかといえば一概にそうとは言えないが、覚悟は決めたつもりだ。 だからこそ今こうやって、ロックの優しさにつけ込み罠のための材料を集めさせている。計画通りだ。 この行いに対して、胸を痛めるような後ろめたさはない。沙都子はちゃんと平常心を保っている。 ――やれる。最後まで。 利用し、利用して、利用しつくす。――死ぬまで。 「わたくしはそろそろ休ませてもらいますわ。ロックさんも、あまり無茶はなさらないように」 「ああ。おやすみ、沙都子ちゃん」 就寝につく沙都子を見守るかのように、ロックは笑った。 その笑顔を見ても、やはり胸は痛まない。 覚悟は、ちゃんと成功している。 うん、大丈夫。 (梨花……絶対に。絶対に。うん。絶対に。絶対に。死なない) 眠りに落ちるその瞬間が訪れるまで、沙都子は何度も何度も、ゲーム攻略への覚悟を反芻していた。 ◇ ◇ ◇ 【野原しんのすけの場合】 沙都子が寝付いたのを確認したロックは、もう一人、この場にいる寝かせるべき子供の下へと向かった。 普段うるさい母親がいないことで調子に乗っているのだろう。五歳児、野原しんのすけは、滅多に出来ない夜更かしと称してエルルゥと会話をしていた。 「ねぇねぇ、おねいさんは納豆にはネギ入れるタイプ?」 「ナッ、トウ……? えーっと……入れる時と入れない時があるかな?」 「おぉ~、オラと気が合うかも~」 軟派師のように飄々とした態度で迫るしんのすけだったが、その瞼は今にも閉じそうなほどに危うい。 夜遅くまで起きていたいという好奇心は先行しているが、身体が追いついていないのだ。 性格は大人びていても、やはり五歳児。夜になれば自然と眠気がやってくる。それが子供の性というもの。 「さ、しんのすけくんもそろそろ寝る時間だぞ」 「ええ~。オラまだ眠くないゾ。もっとおねいさんとお話するぅ」 力のない声で調子のいいことを言うしんのすけの仕草は、実に子供らしい素振りだった。 セイバーの襲撃、ヘンゼルの介抱、ロックからの逃走劇、ヘンゼルの死、そしてセイバーの再襲来など……今日一日の出来事は、五歳の子供にはあまりにも濃密過ぎた。 知らないとはいえ父親が既に死亡しているという事実も考えれば、しんのすけの身に降りかかった精神的疲労は並大抵のものではない。 それでもしんのすけは元気を取り戻した。持ち前の明るさと、めげない心がうまく機能してくれたのだ。 ヘンゼルの死は忘れない。君島邦彦と別れた時の顔も忘れない。夢で見た父親の言葉だって、ちゃんと覚えてる。 本人は無自覚であるものの、しんのすけの本能は主人を生かすためにしっかりと働いてくれていた。 夜、この場合は睡魔として。疲れたしんのすけの身を休ませるために、起きた後に、また少し成長してもらうために。 「うぅ……まだ眠くないゾ……」 「……子守唄、歌ってあげるね」 睡魔に屈したしんのすけはうつらうつらと首を振り、静かに眼を瞑っていく。 寝床としてちゃっかりとエルルゥの胸元を選択し、その寝顔は若干ニヤついている。 ロックはそんなしんのすけを見て苦笑気味に微笑み、エルルゥは静かな声で子守唄を歌ってあげた。 (うう……父ちゃん……母ちゃん……ひま……シロ……) 二人にも聞こえないような小さな声で、ひっそりと寝言を言う。 いつだって一緒にいた、大切な家族の名前。それを確認するかのように、一人ずつ呟いていく。 会いたい、と――そんな思いを抱いているのかもしれない。 能天気そうに見えて繊細で、元気そうに見えて弱々しい。子供というのは、なかなかに難しいお年頃なのだ。 (オラ……オラ…………キレイなおねいさんと一緒でしやわせぇ~) もっとも、しんのすけは世間一般の子供に比べると少々神経が図太い――もとい、単純かもしれないが。 ◇ ◇ ◇ 【エルルゥの場合】 「いい歌だね、それ」 「……おばあちゃん教えてもらった歌なんです。寝付けない時なんかは、よく歌ってもらったりして……」 子供二人が寝付いたのを確認して、エルルゥは披露していた歌声を収めた。 夜の森は、静寂に支配された不可侵の領域。鈴虫も鳴かなければ梟さえいない。 聞こえてくるのは沙都子としんのすけの寝息くらいで、本当に静かなものだった。 「なんか、勘違いしちゃいそうです」 「何がだい?」 「今日の出来事は全部、夢だったんじゃないかって」 空を見上げると、満天の星が広大な海を作り出していた。 トゥスクルでも、ロアナプラでも、春日部や雛見沢でも等しく同じ景色を見せてきた空――ここでも何も変わらない。 夜天は、日を落とした後に星の海を映し出す。 「みんなと離れ離れになって……知らない所で知らない内に、大切な人が亡くなりました。 私は、何もできなかったんです。あの人を弔うことも、あの子を守ることも、全部、悲しみに流されてしまって……」 笑顔というものは、何も楽しい時や嬉しい時だけに見せる表情ではない。 時には、悲しい場面で笑顔を振舞うこともある。押し潰されるほどの悲しみに抗うには、泣くより笑うほうが簡単だからだ。 それで気持ちは楽になるだろう。周囲も無駄な心配をしなくなるだろう。でも――それはどう覆い隠してみても、『嘘』なのだ。 他人につく単純な偽りではない。自分自身の全てを否定する、悲観的な偽り。 「これからでも、遅くないんじゃないか?」 「そうですね。そうかもしれません。そうだと……いいんだけどな」 エルルゥにとって一番大切だった存在、ハクオロはもう逝ってしまった。 ハクオロに仕えていた女傑、カルラも既に現世にはおらず、アルルゥとトウカもまた、どこで何をしているのか分からない。 生きているのは、自分だけなんじゃないか。 今日の――自分の身の周り以外で起きた――出来事が全部夢だと思えるのなら、それは逆に、自分の認識全てが嘘だったというパターンにも繋がる。 ハクオロも、カルラも、トウカも、アルルゥも、本当はもう……そう考えてしまう自分が、とてつもなく嫌になった。 それでもエルルゥは、笑っていた。 笑っているほうが、泣いているよりも楽だから。 泣いているよりも、笑っているほうがロックも安心できるから。 「エルルゥはさ、なんでそんなに無理するんだ?」 「え?」 唐突な言葉は、エルルゥの頬を僅かに硬直させた。 無理、という単語に反応し、身体がなんらかの危機信号を発している。 手元がビクビクと振るえ、怯えを感じているのを自覚した。でも、その理由が分からない。 「無理って……そんな、全然ムリなんてしてませんよ~。それより、ロックさんもそろそろ休んでください。私は、もうちょっと空を眺めていたいから……」 「俺、聞いたんだよ」 おどけた笑顔はどこか痛々しくて、それと正面から顔を合わせるロックの表情も、どこか辛そうだった。 「三回目の放送が流れるちょっと前だったかな……泣いてたんだ、女の子が。 その声の主は、凄く悲しそうに泣いていた。心の底から、悲しい気持ちを洗い流すために泣いていた。……俺にはそう聞こえた」 誰かはあえて言わず――言わずとも、エルルゥにはそれが自分のことを言っているのだと理解できた。 自暴自棄になってしまったエルルゥが、ハクオロの死を認め、生きるための決意をした、その際の涙。 あの時の涙は、きっと生涯――過去はもちろんこれから先もずっと――で最高、いや最低の、悲しい涙になることだろう。 祖母トゥスクルが逝った時よりも、故郷のみんなが逝った時よりも、ずっとずっと、悲しかった。 「……ハクオロさんは」 エルルゥは、まだ笑ったままの状態を保っている。 笑顔をそのままに、視線だけ僅かに落として、単調な声で言葉を紡いだ。 「家族でした。ハクオロさんは、大切な人でした。ハクオロさんは、強い人でした。ハクオロさんは、優しい人でした」 ハクオロ――エルルゥの父が持っていたその名は、いつからか最愛の人の名になった。 「村や、国の人みんなのことを気遣って……敵だったトウカさんや、怪しさ満点だったカルラさんをあっさり仲間にしたりしちゃって。 王様のはずなのに、みんなでご飯を食べることに拘ったり……私が公衆の面前で失敗しちゃったりしても、笑って許してくれたり……」 エルルゥ――ハクオロの娘であったその名は、いつからか。 「……本当は、私だけを見ていて欲しかった。……ううん、違う。それは本心なんかじゃない。 私はただ、あの人の傍で支えてあげたかったんです。周りに女の人がいっぱいいたって、好色皇だなんて呼ばれててもいい。 ハクオロさんがいて、アルルゥがいて、私がいて、みんながいて、トゥスクルで平和に過ごして……ただ、それだけで満足だったのに」 ハクオロとエルルゥ――二つの名が持つ接点を語るには、時間も表現力も理解力も、何もかもが足りなかった。 思いを言葉にするのは難しい。それを人に伝えるのはもっと難しい。 それでも、ロックは。 「あの時みたいに、また泣けばいいじゃないか。笑う必要なんてない。悲しければ泣けばいい。だって、そのほうがずっと楽じゃないか」 辛いから笑うんじゃなくて、辛いからこそ泣けばいい。 ロックが示した答えは、エルルゥとはまるで正反対の考えだった。 「そんなこと……できませんよ。沙都子ちゃんやしんのすけくんも寝てるし、ロックさんにだって迷惑がかかっちゃう」 「二人とも熟睡している。だから目覚める心配もない。俺だってこれから寝る。 眼は瞑るし、耳も塞ぐ。だから、誰かの泣き声を気にするようなこともない」 それだけ言って、ロックは宣言どおりに瞼を閉じ、耳を両手で塞いだ。 そのまま木陰に寄りかかり、エルルゥから顔を背ける。それ以降、まったく反応は示さずに。 「そんな……」 放置されたエルルゥは、見る者がいなくなってもまだ笑顔でいた。 ふと、誰も見ていないのに笑顔を作る自分に違和感を感じて、緩みっ放しだった頬を微かに強張らせる。 「……ハクオロさん」 三人の寝息しか聞こえてこない森で、エルルゥはまたその名を呼んだ。 「ハクオロさん、ハクオロさ~ん」 意味はない。呼んでも返事が返ってこないことは、重々承知している。 「ハクオロさん……」 それでも、呼ばずにはいられなかった。 「ハクオロ……さん」 不思議な、呪文みたいな言葉。 それはただの名前。 ただの、大好きだった人の名前。 「うっ……」 笑顔は、いつの間にか壊れ始めていた。 「うっ……っ…………うっ……あ……あぁっ…………」 笑顔は壊れて、涙が流れてしまったら――それはもう、笑っているとは言えない。 「あぁ……くっ…………ふぇ…………ぃ…………っ…………う、ぁ」 慟哭が、小さくなって大きくなって、大きくなって小さくなって、 「――うわあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっん!」 エルルゥは、泣いた。 ――ハクオロさん。 ――私、また泣いてもいいですよね? ――これからも、あなたのことを思い出すたびに泣くかもしれないけれど。 ――笑って、許してくれますよね? ――許してくれたら、私、きっと頑張れるから。 ――頑張って、生きていけるから。 ――あなたが傍にいなくても、私は、きっと大丈夫だから。 ――だから。 ――ときどきでいいから、悲しむことを、泣くことを許してください。 ――私に、生きるための力をください。 ――それと、もう一度だけ。 ――あなたの名前を、呼ばせてください。 「ハクオロさん……」 ◇ ◇ ◇ 【ロックの場合】 「クソッタレ……」 泣き疲れて眠ってしまったエルルゥは、最後にもう一度だけ、最愛の人の名を口にした。 さっきまで明るく振舞っていた頬は涙の雫に濡れ、悲愴感を漂わせていた。 痛々しいとも、可哀想とも、違う。 ただただ込み上げてきたのは、彼女のような悲しみを生んだこのパーティーへの怒り。 「ブラッド・パーティーどころじゃない。これは、ただ悲劇を作るだけのデス・ゲームだ」 参加者がレヴィやロベルタのような、ドンパチ好きのバカヤローばかりならこうはならなかったろうに。 戦闘狂共が勝手に騒いで、勝手に血飛沫をあげるだけならブラッド・パーティーでまだ済んだ。 なのに、このパーティー会場にはむしろ戦いを望まない者のほうが多い。 知人の死に涙し、恐怖し、錯乱する。 そういった『一般人』が多く集められているからこそ、この殺し合いはブラッド・パーティーなどという言葉では括れない。 80人の参加者が、たった一つの優勝者の席を廻って殺し合う。 そこにはちゃんと、殺す者と殺される者がいる。 ルールに基づいた馬鹿遊戯――正真正銘の死のゲームだった。 エルルゥや、しんのすけや、沙都子も、戦う力を持たない被害者だ。 餅は餅屋、殺し合いなら普段から銃を握っているロアナプラ連中を集めてやればいい。大半が大喜びで乱舞することだろう。 「……もう誰も、悲しませたりなんかしない。俺が、絶対に」 それはヒーローのような――いや、違う。 これは、単なる偽善者の思考だ。 目の前に守ってあげなくちゃいけない人たちがいる。 その人たちはとても可哀想な境遇に置かれている。 自分と彼等は別段親しい関係ではない。 それでも、放ってなんかおけるかよ。 反吐がでるような綺麗事だった。 教会でこの志を口にすれば、マリア様から慈悲のひとつでも貰えるかもしれない。 そんなものは、いらない。 たとえ偽善者と馬鹿にされようが、アマちゃんだと罵られようが、どうでもいい。 やりたいからやる。 こう生きなければ、俺は死んだも同然だ。 「レヴィ、お前はこんな俺を笑うかい? ……笑うだろうな。大あまだ、って」 失笑は強い決意に変わり、ロックはこうありたいと願った。 エルルゥを、しんのすけを、沙都子を、三人とも絶対に守ってみせる。 「それができなきゃ、俺は本当のバカだ」 ヒーローでもなんでもない。ただの語学達者な元商社マン現運び屋。 そんなロックが、星に願うことはただ一つ。 「俺は、俺を枉げたくない」 信念は強く、志は高く、決意は深く。 悲しみを乗り越えた四人は、長かった一日をようやく終える。 ――始まるのは、デス・ゲームの二日目。 【A-5西側/1日目/真夜中】 【ロック@BLACK LAGOON】 [状態]:若干疲労 [装備]:ルイズの杖@ゼロの使い魔 、マイクロ補聴器@ドラえもん [道具]:支給品一式×2、黒い篭手?@ベルセルク?、現金数千円 びっくり箱ステッキ@ドラえもん(10回しか使えない。ドア以外の開けるものには無効) [思考・状況] 1:朝までこの場で休息。それまでは見張り番として起きている。 2:全員が起床後、病院へ向かう。 3:沙都子を助けたい。 4:ギガゾンビの監視の方法と、ゲームの目的を探る。 5:山の麓にいるというガッツを警戒。 6:しんのすけ、君島、キョンの知り合い及びアルルゥと魅音を探す。 7:しんのすけに第一回放送のことは話さない。 8:一応、鞄の件について考えてみる。 [備考]※ケツだけ星人をマスターしました ※病院での一件をエルルゥにまだ話していません 【野原しんのすけ@クレヨンしんちゃん】 [状態]:睡眠中、全身にかすり傷、頭にふたつのたんこぶ、腹部に軽傷、歩き疲れ [装備]:ニューナンブ(残弾4)、ひらりマント@ドラえもん [道具]:支給品一式 、プラボトル(水満タン)×2、ipod(電池満タン。中身不明) [思考・状況] 1:朝まで寝る。 2:お兄さん(ロック)とお姉さん(エルルゥ)について行く。 3:みさえとひろし、ヘンゼルのお姉さんと合流する 4:ゲームから脱出して春日部に帰る。 [備考]放送の意味を理解しておらず、その為に君島、ひろしの死に気付いていません。 【北条沙都子@ひぐらしのなく頃に】 [状態]:睡眠中、若干疲労、右足粉砕(一応処置済み) [装備]:スペツナズナイフ×1 [道具]:基本支給品一式、トラップ材料(ロープ、紐、竹竿、木材、蔓、石など) 簡易松葉杖、どんな病気にも効く薬@ドラえもん エルルゥの薬箱@うたわれるもの(筋力低下剤、嘔吐感をもたらす香、揮発性幻覚剤、揮発性麻酔薬、興奮剤、覚醒剤など) [思考・状況] 1:朝まで休息。 2:ロックとしんのすけを『足』として利用し、罠を作るための資材を集める。 3:十分な資材が入手できた後、新たな拠点を作り罠を張り巡らせる。 4:準備が整うまでは人の集まる場所には行きたくない。 5:生き残ってにーにーに会う、梨花達の分まで生きる。 6:魅音とは会いたくない。 【エルルゥ@うたわれるもの】 [状態]:睡眠中、かなりの肉体的、精神的疲労(若干回復) [装備]:なし [道具]:支給品一式(ロックから譲渡) [思考・状況] 1:朝まで休息。 2:沙都子を助けたい。 3:トウカ、アルルゥ等を探す。 [備考]※ハクオロの死を受け入れました。精神状態は少し安定しました。 ※フーとその仲間(ヒカル、ウミ)、更にトーキョーとセフィーロ、魔法といった存在について何となく理解しました。 *時系列順で読む Back:[[請負人Ⅱ ~願う女、誓う男~]] Next:[[【団員の家出/映画監督の憤慨】]] *投下順で読む Back:[[転んだり迷ったりするけれど]] Next:[[鷹の団(前編)]] |211:[[WHEN THEY CRY]]|ロック|240:[[岡島緑郎の詰合]]| |211:[[WHEN THEY CRY]]|野原しんのすけ|240:[[岡島緑郎の詰合]]| |211:[[WHEN THEY CRY]]|北条沙都子|240:[[岡島緑郎の詰合]]| |211:[[WHEN THEY CRY]]|エルルゥ|240:[[岡島緑郎の詰合]]|