国歌

名称:・国歌(絶技)
要点:・歌歌う姿・歌詞
周辺環境:・宮廷・音楽ホール
評価:なし
特殊:
  • この絶技保有国はこの絶技使用時、戦闘時撤退が出来ない。
  • 絶技使用時、戦闘判定は×3.38(評価3)される。
→次のアイドレス:・トラナ王女(ACE)・秋津隼人(ACE)・善行忠孝(ACE)・希望号4号機(ACE)


CDジャケット

表面

裏面

概要

砂漠の国家であるキノウツン。
この国の国歌が作成されたのは、新キノウツン藩国建国当時である。
独立を記念して、国歌の作成が議会に提案されたのだ。
だが水不足のこの都市では、長時間の歌唱は大敵であった。
喉への負担・体内の水の大気への蒸発など、問題点が多すぎたのである。
そのため建国当時の国務長官は英断に出た。
国歌を非常に短い詩のみにしたのだ。
『砂漠に傘は必要ない 我らは両手を差し伸べよう』
傘を掲げるという行為を尊ぶ共和国においては大きな反対運動が行われたこの歌詞であるが、
後の戦争において実力を示すことによって、キノウツン藩国はこの運動を抑え込む。
その背景には初期ドラッカーの出撃による副作用での死亡、と言う悲しい事件があったことは、
ツン国民には良く知られた事実である。
以来ツン国の式典では、ドラッカーによるこの歌の斉唱が恒例となっている。
……いや、”いた”。

それに異を唱えたのが、国のアイドル猫士KATZE(当時18)であった。
テレビ各局を集めての記者会見において曰く「だって可愛い方がいいじゃないですか!」
まさに国民一同衝撃である。
特にかつての戦士たちを誇りにする軍においては、大変な騒ぎであった。
しかし前の月のツン様出産で非常に明るいムードに沸いていたツン国民。
その一部、そしてついには国民の半数に、その案は浸透していくこととなる。
国を二つに割った大論争が、ここに開幕した。
友人が。恋人が。家族が意見の相違から口論し、場合によっては実力行使に出る。
流された血はその10倍の血で贖われる。
当時の状況は、共和国において戒めとされているこの言葉の体現であったといえよう。
後にも先にもこのツン国において、国軍が暴徒鎮圧に乗り出したのはこの一件のみである。

この事件を収めたのは、建国当時犠牲となったドラッカーの子孫であった。
「祖父は言っていました。『父はこの国が明るく生きるために戦ったのだ』と。
 ですから私たちは、そしてきっと私たちの先祖は、
 この国がこの国らしく生きることについて、何の反対もありません」
ここに1年に及ぶ国歌紛争は終結したのである。
「……でもお葬式とかでは勘弁してください」という言葉が聞き届けられたかどうかは不明であるが。

宮廷内部に設置されているコンサートホールでの新国歌お披露目会で、KATZEは見事この曲を歌い上げ、盛大なスタンディングオベーションを受ける。
こうしてキノウツン藩国新国歌『めいど・いん・らぶ』は誕生した。


CDジャケット(KATZE)
概要(浅田)
  
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